之助は門を叩いて泣き叫んだ。
「火が家のすぐ側まで来ちまっている。もうおしまいだ、みんな死んじまうんだ」
すると、どすどすと家の中から足音が聞こえ、女将が顔を出した。
「夜遅くにうるさいですね、火なんてどこにもないでしょう。構ってもらいたいのなら、明日の昼頃にいらして下さい」
そう口早に言うと、ドアをぴしゃりと閉めた。
之助にとって、最後の頼みの綱が切り落とされた瞬間だった。火はもう真後ろでめらめらと燃えている。
嗚呼、俺はもうじき逝くだろう。なんてたって、誰も俺を信じてくれないんだ。女将ならと思ったが、結局あいつも俺の事を嘘つきだと思っていやがる。仰いで天に愧じずの素行に、誰も彼もが変な言い草をつけるんだ。俺はいつだって、自分が正しいと思うことをしていただけなのによ。ああ、背中が熱いな、くそ。結局、何もねえ人生だったな。何かある人生に一体何があるのかすら分からねえ程によ。嗚呼、神さま仏さま、来世があるとするなら、私は鳥に生まれとうございます。きっと空はもっと涼しいに違いない。
3/9/2025, 4:21:01 PM