浜辺 渚

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2/22/2025, 6:52:23 PM

「ねえ、あれって虹じゃない?」と彼女は指をさしながら言った。
「そうだね、恐らく虹だ」と僕は言った。
遠くにうっすらと、7色の湾曲した空気の柱がかかっていた。
「虹ってあんなに綺麗だけど、手で掴んだり、よじ登ったりってできないのよね」
「そうだね。あれは空気中に漂う水の粒に光が屈折したり、反射したりしてるだけだからね」
「なんだか、不思議よね。私たちは小さい頃から、虹に関してはかなり具体的なイメージを持たされてきた。けど、その実情はただの光の手違いだなんて」
「虹だけじゃないさ。この世界の光と色の関係は大体があやふやで、漠然としているんだ。でも、だからこそ自然で作り上げられる色彩には理屈があって、論理がある。それって素敵じゃないか?」
「あなたってわりにロマンチストよね」
「僕がって言うよりは、この世界がロマンに溢れているんだよ」

2/21/2025, 4:07:27 PM

息を吸うと夜の冷たい空気が肺を満たす。空を見上げると、目の端に映り込む建物の光と星の光が謙遜しあってまじわっている。
私の体にはもう色々なしがらみは纏わりついていない。あぁ、ラーメン屋の看板の明かりが心地いい。もう私は好きな時間にここでラーメンを食べられるのだ。そんな素敵なことってない。暗く怖かった路地裏は、何だか冒険の予見を示しているように感じるし、やかましいキャッチは遊園地の案内人のように見えてくる。
あまりの高揚感に手と足を同時に出して歩いてしまっていた。しかし、それだってもう誰かに口うるさく文句を言われることは無い。私は右手と右足を仲良くセットで歩くことだって出来るんだ。それってとても自由だとは思わないかい、少年少女よ。
繁華街を歩いていると、光り輝く夜の街の中でも更にひときわ光っている建物があった。試しに入ってみると、そこは何かの劇場だった。
入口近くのロビーにひとまず腰をかけ、途中で買ったストロングゼロをひと口。禁煙の貼り紙を目の前に、罪悪感に駆られながらもピースをひと吸い。頭の細胞全体が一斉休暇を取ったみたいに、そこには思考というものが介在していなかった。たまにはこういうのだって必要なんだ。特に今日みたいな日は全世界が私を労い、称えるべきなんだよ。すごく気分がいい、これが多幸感か。人生は案外捨てたものじゃないのかもしれないな。

2/20/2025, 4:16:12 PM

私は「周りとの差別化」というのをテーマにして生きている。差別化と言っても、そんな大層な事はしないし、出来ないけれど、ほんの少しだけ周りとは違うことをする。例えば、世間で赤紫色のアイシャドウが流行ったら、私はブルーのアイシャドウを使う。周りが厚底のスニーカーを履くのなら、私は潰れたパンケーキのようなスニーカーを履く。ロックが流行ったのなら、私はクラシックを意識的に聞く。そうやって、他人と自分との境界線を強く持つことは、自分がこの世界にいる意義みたいなのを形式的に示すためである。私はあまり器用では無いから、アイデンティティというのを外見的な形で作り上げる必要がある。伝統工芸品の見出しをキャッチーな文句にすり替えるするみたいに。それが私の信念であり、生き方なのだ。

2/19/2025, 4:35:19 PM

鏡を見た。細長い長方形で、巨大な豆腐を真っ二つに切ったみたいだった。
鏡の中には自分らしきものが写っていた。それが本当に自分かは証明出来ないが、この目の前にあるものが皆が鏡と呼ぶものであり、人の考える物理法則に間違いがないのなら、恐らくは自分なのだろう。
僕はそれを試すために、鏡の前で色んな動きをしてみた。軽いステップを踏んだり、ジャンプしたり、伸びをしたり。鏡には、僕が頭の中で描いた自分の動きと大体同じ像が写し出されていた。
僕は、さらに激しく、その場で踊ってみたり、勢いよく回ってみたりした。そうすると、鏡の自分は徐々に僕の動きより後に映し出されるようになった。本の数秒だが、僕にはそれが感覚的に分かった。
僕はそれが分かると、とっさに鏡に向かって言った。
「僕には分かっているぞ」
僕の声は酷く強ばっていた。
「まったく、だから僕は嫌なんだ」と鏡の中のそれはため息をついて言った。
「本来は、他のやつがやるんだが、そいつが今は居なくてね、代理なんだよ」
鏡の中の自分は、僕の動きを無視して、僕の姿でそう言った。酷く驚いたが、どうもそこには不自然さというものが無かった。現象としては理解できないが、事実として僕はそこら辺の普通の人と話をしている感覚だった。
「代理?」と僕は聞いた。
「そう。鏡の中ってのは、生まれながらの訓練が必要なんだ。君には分からないだろうけど、エリートなんだよ。あいにくと、僕はは労働階級の家庭に生まれた、一般的なモノなんだ」
「よく分からないけど、つまり、君はいつも鏡をやっている訳ではないんだね?」
「そういうことさ。どうしてもと言われて、便宜的に鏡をしているに過ぎない。便宜的な鏡だ」
「どうして、僕の前に便宜的な鏡が表れなくちゃならないんだろう?」
「僕に聞かれても困る。それは、どうして僕は君を写さなくちゃならないのかを聞かれているようなものだからね。そんなの誰にも答えようがない」
「その比喩はあまりに鏡的すぎるから、他の例えで説明して欲しいけど、、、まあいいさ」
僕は目の前のそれをじっと見つめた。それは紛れもない僕だったし、話し方もどことなく僕に似ていた。
「それで、いつになったら非便宜的な鏡、本質的な鏡が戻ってくるんだい?」
「その事についてだが、それを君に説明するのは少々難しいんだ。これは、君の世界と僕のいる世界では決定的にルールが違っていて、つまり、僕の世界では自我みたいなのが君たちよりもずっと薄いんだ。放課後のグラウンドに取り残されたラインパウダーみたいに、境界線が滲んでしまっている。だから、実は僕が既に本質的な鏡に戻ったなんてことも有り得るんだ。これは、君が判断する以外方法は無い」
「つまり、僕がまた同じように動いて、正常な写し方をすれば、それはもう元通りになっているということだね」
「そういうことだ。本当はこうやって、好き勝手話してるのも良くないことなんだ。一応は僕も、鏡としての役割はやらないといけないからね。急にあんなこと言わたから、驚いてね。まあ、そんな事だから僕はまた役割に戻る。便宜的か本質的かが気になるのは分かるが、それは君にはどうしようも無いことだ。それは知っておくといい」
「分かった。あまり気にしないことにするよ。色々教えてくれてありがとう」と僕は頭を下げた。
頭を上げて、鏡を見た時には、そこにはいつものように僕の姿を捉えた鏡があった。僕は、先ほど同様に色々な動きをして、これが便宜的な鏡か、本質的な鏡か確かめたい衝動に強く駆られた。しかし、先ほどの忠告を思い出し、辞めておいた。これは僕には関わりがないことなんだ、と自分に言い聞かせた。適当な白い布を取ってきて、その鏡が上から下まで覆うように被せた。数日はそのままにしようと思った。

2/18/2025, 4:13:55 PM

確かあれは15歳の時に学校で書いた手紙だったな。5年後の自分への手紙。確か当時好きだったゲームやアニメ、人生についてのちょっとした方向性を書き記していたと記憶している。何処にいったのかは分からない。今読めば、その楽観さと無邪気さに郷愁を覚えるのだろう。当時の僕の苦しみなんて考えもせず、無責任にあの頃は良かったと。結局のところ、過去の記憶というのは断片的な表層で構成されていて、ある意味でそれはどの世界にも存在しない架空の世界なんだ。

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