浜辺 渚

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2/19/2025, 4:35:19 PM

鏡を見た。細長い長方形で、巨大な豆腐を真っ二つに切ったみたいだった。
鏡の中には自分らしきものが写っていた。それが本当に自分かは証明出来ないが、この目の前にあるものが皆が鏡と呼ぶものであり、人の考える物理法則に間違いがないのなら、恐らくは自分なのだろう。
僕はそれを試すために、鏡の前で色んな動きをしてみた。軽いステップを踏んだり、ジャンプしたり、伸びをしたり。鏡には、僕が頭の中で描いた自分の動きと大体同じ像が写し出されていた。
僕は、さらに激しく、その場で踊ってみたり、勢いよく回ってみたりした。そうすると、鏡の自分は徐々に僕の動きより後に映し出されるようになった。本の数秒だが、僕にはそれが感覚的に分かった。
僕はそれが分かると、とっさに鏡に向かって言った。
「僕には分かっているぞ」
僕の声は酷く強ばっていた。
「まったく、だから僕は嫌なんだ」と鏡の中のそれはため息をついて言った。
「本来は、他のやつがやるんだが、そいつが今は居なくてね、代理なんだよ」
鏡の中の自分は、僕の動きを無視して、僕の姿でそう言った。酷く驚いたが、どうもそこには不自然さというものが無かった。現象としては理解できないが、事実として僕はそこら辺の普通の人と話をしている感覚だった。
「代理?」と僕は聞いた。
「そう。鏡の中ってのは、生まれながらの訓練が必要なんだ。君には分からないだろうけど、エリートなんだよ。あいにくと、僕はは労働階級の家庭に生まれた、一般的なモノなんだ」
「よく分からないけど、つまり、君はいつも鏡をやっている訳ではないんだね?」
「そういうことさ。どうしてもと言われて、便宜的に鏡をしているに過ぎない。便宜的な鏡だ」
「どうして、僕の前に便宜的な鏡が表れなくちゃならないんだろう?」
「僕に聞かれても困る。それは、どうして僕は君を写さなくちゃならないのかを聞かれているようなものだからね。そんなの誰にも答えようがない」
「その比喩はあまりに鏡的すぎるから、他の例えで説明して欲しいけど、、、まあいいさ」
僕は目の前のそれをじっと見つめた。それは紛れもない僕だったし、話し方もどことなく僕に似ていた。
「それで、いつになったら非便宜的な鏡、本質的な鏡が戻ってくるんだい?」
「その事についてだが、それを君に説明するのは少々難しいんだ。これは、君の世界と僕のいる世界では決定的にルールが違っていて、つまり、僕の世界では自我みたいなのが君たちよりもずっと薄いんだ。放課後のグラウンドに取り残されたラインパウダーみたいに、境界線が滲んでしまっている。だから、実は僕が既に本質的な鏡に戻ったなんてことも有り得るんだ。これは、君が判断する以外方法は無い」
「つまり、僕がまた同じように動いて、正常な写し方をすれば、それはもう元通りになっているということだね」
「そういうことだ。本当はこうやって、好き勝手話してるのも良くないことなんだ。一応は僕も、鏡としての役割はやらないといけないからね。急にあんなこと言わたから、驚いてね。まあ、そんな事だから僕はまた役割に戻る。便宜的か本質的かが気になるのは分かるが、それは君にはどうしようも無いことだ。それは知っておくといい」
「分かった。あまり気にしないことにするよ。色々教えてくれてありがとう」と僕は頭を下げた。
頭を上げて、鏡を見た時には、そこにはいつものように僕の姿を捉えた鏡があった。僕は、先ほど同様に色々な動きをして、これが便宜的な鏡か、本質的な鏡か確かめたい衝動に強く駆られた。しかし、先ほどの忠告を思い出し、辞めておいた。これは僕には関わりがないことなんだ、と自分に言い聞かせた。適当な白い布を取ってきて、その鏡が上から下まで覆うように被せた。数日はそのままにしようと思った。

2/18/2025, 4:13:55 PM

確かあれは15歳の時に学校で書いた手紙だったな。5年後の自分への手紙。確か当時好きだったゲームやアニメ、人生についてのちょっとした方向性を書き記していたと記憶している。何処にいったのかは分からない。今読めば、その楽観さと無邪気さに郷愁を覚えるのだろう。当時の僕の苦しみなんて考えもせず、無責任にあの頃は良かったと。結局のところ、過去の記憶というのは断片的な表層で構成されていて、ある意味でそれはどの世界にも存在しない架空の世界なんだ。

2/17/2025, 3:51:36 PM

久しぶりにベランダに出た。外に出るのは3日ぶりぐらいだろう。中空に上がった太陽の輝きは僕の皮膚と骨を貫通して、脳を直接暖めていた。

2/16/2025, 5:33:29 PM

僕はいま京都行きの深夜バスに乗っている。高校の卒業旅行という形で、3泊4日を京都で過ごすんだ。普通の人なら、それは楽しくかけがえのない思い出を作ろうと思うんだろうけど、僕は違う。僕の頭の中にあることは、これから送る経験は人生の中ではあまりにも短く、楽しすぎるという懸案だった。恐らく、この旅は僕の人生の中でも比類のない程に幸せな数日間になる。しかし、そうなると旅が終わった後、僕の脳はその楽しい経験をもっと味わいたいと司令を出し続けるようになる。これがなかなかに困ったもので、以前と同じように生活していても、それまでは感じなかった空虚さや物足りなさが僕の体に纏わりつくようになってしまう。つまり、このたった数日間の刹那的な幸福がその後何ヶ月間の不満を植え付け、これは人生全体の効用という観点では、むしろ旅に行かない方がいいと言う考え方だって出来る。京都旅に終わりがあるが、我々は限りある無限の旅を続けなければならない。だからこそ、僕が思うのは「時間よ止まれ」ということだ。

2/15/2025, 4:08:03 PM


目を開けると、視界は暗闇で埋め尽くされていた。まるで、黒に純色があるかのようなドスの効いた黒色だった。
何秒か経ってくると、徐々に目の焦点が合わなくなり、形容しがたい図形のようなものが視界で蠢くようになってきた。
そして、そこは何の匂いもしなかった。匂いが消された時の特有のものすら無かった。きっと、1度消臭剤で匂いを取り除いて、そしてその匂いの無い匂いをまた違う消臭剤で消して、そしてそれを循環させ続けたのだろう。
一方で、風は不気味なほど強く吹いていた。顔の正面から後ろにかけて、舐められるような生暖かい風が吹いていた。そして、その風と体の衝突が唯一僕の存在の根拠になっていた。

視界に蠢く図形が収まってくると、微かに耳に何か聞こえ始めた。それは、時間が経つ度に強くなっていく。それはかなり慎重になる必要がある類の音だ。音声といっても、音と声はかなり違うところがあるのだ。僕の名前を呼んでいる。聞き覚えのある声で。

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