浜辺 渚

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1/28/2025, 2:15:32 PM

心が黒く染まっていく。心を漆黒に塗りつぶすと、それは血管を乗っ取って直ぐに全身に回ってしまう。これが体に回ると、手足は自分のものじゃないように思えてくるし、頭は何が正しいのかを上手く判別出来なくなる。
いつもこうなんだ。不安の強さがある一定の閾値を超えると、こうなってしまう。頭には種々様々な情報が跳梁跋扈し、それぞれが自身の正当性を声高らかに主張する。あいにくと僕は聖徳太子では無いため、その無数の重なる声に耳を貸しても、それは酷くうるさい雑音にしか聞こえない。
特にインターネットによって情報がその限りをなくしてからは、僕はあらゆる可能性を考えて、情報を捨てるということが出来なくなった。
もはや、それが何かを理解することも、見ることすらなく頭に入れていってしまうため、僕の頭がこういうエラーを起こすのは当然の帰結なのかもしれない。

どうにか、これ以上頭に入らないように、何かかぶっておきたいな。情報の鋭利さを防げるような頑丈な帽子を。

1/27/2025, 3:17:46 PM

「人生を安定的に生きてくためには何が必要だと思う?」少女は聞いた。
「小さな勇気だよ」と僕は答えた。
「安定なのに勇気が必要なの?」と少女は言った。
「人間っていうのは、どうしても自分の快適に過ごせる境域っていうのに留まりたがるんだ。そして、それっていうのは時に人生を致命的に損なってしまう」
「どうして?快適に過ごせるのなら、それに越したことはないと思うわ」と少女は言った。
「そう、原理的に言えばそうなんだ。けど、人生っていうのは常に規則正しく動くものじゃない。そのひと生来の性質にもよるのだけれど、人が1人で持つ性質、それに連なる知識や経験って言うのはたかが知れてるんだ。呆れるほどにね」
「呆れるほどに」
「そう。さらに、人生では強制的にそういう場から引き離される場面というのが来る。この時に初めて、自分の偏狭さに気づくんだ。そして、それを広げようとする時には既に手遅れ、そこから抜け出したヤツらとは決定的な差が生まれてしまっているんだ」
「それは、おじさんの経験則?」
「認めたくは無いけど、そうだね。ただ、別に楽をしようとした訳じゃないんだ。僕だって人並みには頑張ってきた。資格や学歴だって申し分ない。けど、それだけじゃ足りないんだ。いや、それだけと言うよりは根本的に理解してなかったんだ。快適に過ごせるエリアで自分を満足するための努力をしたって、そこには何の意味もないということを」
「ふーん。じゃあ、おじさんはいま安定的に生きてはいないのね」と少女は言った。
「そうだね。皮肉なことに、常に安定的に生きることを心掛けていたら、社会で求められる安定性とはかけ離れていき、人生での安定は消え失せていったよ」と僕は自嘲気味に言った。
「色々な安定があるそうだけど、とりあえず小さな勇気が大事ということは分かったわ」と少女は言った。
「ありがとう」
「どういたしまして」と僕は言った。

1/26/2025, 2:27:44 PM

僕には双子の娘がいる。ちょうど先月に6歳になり、みるみるうちに成長していっている。最近はお家でかくれんぼをするのにハマっているらしく、僕は鬼役をいつもやらされる。

「1ぷん数えたら、さがしていいよ」と長女の方が言った。
「目瞑っててね」と次女が言った。
「わかった、この通り何も見えないから、隠れてていいよ」と僕は両の手のひらを目に被せながらそう言った。
キャーキャーと騒ぎ立てながら、2人は家中を駆け回っていった。どうやら、この年代の子達はかくれんぼが好きらしく、学校で流行っているものを聞いても「かくれんぼ」としか答えない。改めて、かくれんぼという遊びが如何に優れているかを考えさせられる。遡れば、古来中国の宮廷で行われた遊びで、日本には平安時代以前に伝播されたと言われている。そうなると、おおよそ1000年は子供の遊びの中核をなしていたと言える。ルールの単純さ、必要人数の柔軟性、行える環境、危険性などどの観点から見ても優れている。僕が子供の頃は、かくれんぼから派生した缶けりや、ポコペンなどが人気であった。鬼は子を見つけるために陣地から出ないといけないが、離れれば離れるほど陣地への侵入を許し、敗北するリスクが大きくなる。よく出来たゲームだ。あのスリルをもう1度味わいたいものだ。
1人で思考に耽っていると、後ろに何かしらの気配を感じた。振り返ろうとした途端、おしりの穴に強い衝撃が走った。
「わぁ」と僕は驚いて声に出した。振り返ると、娘たちが嬉しそうに笑っていた。そして、笑うことに満足すると、お面を取り替えるかのように、頬を膨らませた顔に素早く切り替わった。
「もう1ぷん経ってるよ。おそい」と長女が言った。
「1ぷんは60びょうのことなんだよ」と次女が言った。
「確かに1分は60秒だったね。1分を200秒かそこいらと勘違いしてたみたいだ。ごめんね」と僕は申し訳なさそうに言った。
「今度はタイマーを使うから、安心していい」
「タイマーちゃんと使える?」と長女が言った。
「1ぷんなら、ふんってところを1回押すんだよ」と次女が言った。
「使えるさ。今教えてもらったからね」と僕は得意げに言った
どうやら、6歳児というのは僕が思っている以上にしっかりしているらしい。

1/25/2025, 3:58:17 PM

イスラム教について学ぶため、市が運営している近くの図書館に足を運んだ。特にこれといった理由もなかったが、何となく調べたくなったんだ。
イスラム教についての僕の知識は、イスラム教とは唯一神アッラーに帰依する教えであり、預言者ムハンマドに啓示された言葉を編纂した啓典コーランに基づいているということくらいだ。
館内に入り、館内地図から宗教のコーナーを探した。それはちょうど、右奥の政治コーナーの横にあり、自分の背より遥か高い本棚の中でそれを探した。
世界三大宗教と言われるだけあって、探すのに時間はかからなかった。イスラム関連の本だけでも1つの棚が埋め尽くされるほど置いてあり、「イスラム教 完全攻略」と題名がついた受験対策の参考書と思われる本から、「イスラム教ってここが変」と丸いフォントで書かれた、奇を衒う本も置いてあった。
僕は一番下の列の一番端にあった「スンニ派 シーア派の変遷」と書いてあった本を手に取り、近くの椅子に座わって読んでみた。
その本によると、スンニ派とシーア派の軋轢はムハンマドの死没にまで遡り、発端はムハンマド死後の第4代のカリフ(最高指導者)であるアリーの死後に、カリフを誰にするかで意見が2つに別れたことからだった。
シーア派はシーア・アリーとも呼ばれ、血統に重きを置き、預言者であるムハンマドの従兄弟であったアリーとその子孫だけがムハンマドの後継者であると考えた。
一方で、スンニ派のスンニとはムハンマドの言行を意味し、ムハンマドが神の啓示をどのように解釈し、実践したかを正しく理解する人々がカリフを継いでいくべきだと考えた。
多くの宗教がそうであるように、異なる宗派というのは争う運命にあり、それが今日にも続いているということであった。元は純粋な言説での対立であったが、昨今では経済的な利権争いにも発展しているらしい。
対立の歴史を一から読もうとしたが、その厚さから今日1日では読み切れないと判断し、本を閉じた。きっとそこには、想像出来ないほど長い歴史があるのだろう。

1/24/2025, 2:27:40 PM

「俺こう見えて彼女いたことないんだぜ」
「えー以外。スゴくかっこいいのに」
「だろ?顔はかっこいいし、内面だってそこらの男とくらべたらだいぶ良い方だぜ。男連中と話す度に思うよ、俺ならもっと優しくしてやれるのにってな」
「あなたみたいな人に彼女がいないのは女性にとっての大きな損失だわ。だって、素敵なパートナーを持つ女性が1人減ってしまっているということだもの」
「そうか?だが、俺だって彼女を意図的に作ってない訳じゃないんだぜ。マッチングアプリだとか、結婚相談所とかそういうのはあらかた試してみたさ。ただ、どうもしょうに合わなかったんだ」
「それはどうして?」
「だって俺だぜ?俺みたいなのは、普通女性から寄ってくるものだろ。どうして、俺から相手を探さないといけないのかって徐々に耐えられなくなるんだ」
「確かにそれもそうね」
「だろ?だから、俺に彼女がいない理由はどちらかというと女側の責任だぜ」
「そうかもしれないわ。1度女性をあらかた集めて反省会を開かないとね」
「そうするといい」
男は満足気に笑った。

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