「人生を安定的に生きてくためには何が必要だと思う?」少女は聞いた。
「小さな勇気だよ」と僕は答えた。
「安定なのに勇気が必要なの?」と少女は言った。
「人間っていうのは、どうしても自分の快適に過ごせる境域っていうのに留まりたがるんだ。そして、それっていうのは時に人生を致命的に損なってしまう」
「どうして?快適に過ごせるのなら、それに越したことはないと思うわ」と少女は言った。
「そう、原理的に言えばそうなんだ。けど、人生っていうのは常に規則正しく動くものじゃない。そのひと生来の性質にもよるのだけれど、人が1人で持つ性質、それに連なる知識や経験って言うのはたかが知れてるんだ。呆れるほどにね」
「呆れるほどに」
「そう。さらに、人生では強制的にそういう場から引き離される場面というのが来る。この時に初めて、自分の偏狭さに気づくんだ。そして、それを広げようとする時には既に手遅れ、そこから抜け出したヤツらとは決定的な差が生まれてしまっているんだ」
「それは、おじさんの経験則?」
「認めたくは無いけど、そうだね。ただ、別に楽をしようとした訳じゃないんだ。僕だって人並みには頑張ってきた。資格や学歴だって申し分ない。けど、それだけじゃ足りないんだ。いや、それだけと言うよりは根本的に理解してなかったんだ。快適に過ごせるエリアで自分を満足するための努力をしたって、そこには何の意味もないということを」
「ふーん。じゃあ、おじさんはいま安定的に生きてはいないのね」と少女は言った。
「そうだね。皮肉なことに、常に安定的に生きることを心掛けていたら、社会で求められる安定性とはかけ離れていき、人生での安定は消え失せていったよ」と僕は自嘲気味に言った。
「色々な安定があるそうだけど、とりあえず小さな勇気が大事ということは分かったわ」と少女は言った。
「ありがとう」
「どういたしまして」と僕は言った。
1/27/2025, 3:17:46 PM