恋物語
男が去ろうとする女の腕を掴み、抱き寄せた。
「離してっ! もう、貴方のことなんか……」
「それでも、いい。いいから、傍にいてくれっ!」
女はそれを聞いて、涙を流した。
癒月はバタンと乱暴に小説を閉じると、本の山へと適当に積んだ。衝撃で山がぐらぐらと揺れたが、崩れなかった。
文字から抜け出した癒月の視界には木の板の天井しか見えなかった。寝ながら読書をしていた彼は、うつらうつらと夢へと落ちていく。
目を瞑ると思い浮かぶのは、さっきの三文恋愛小説ではなく、朧げな記憶。
雨が降っているのか分からないが、自分の体は濡れていて、何処か怪我したのか血が流れている。痛みは不思議と感じない。
そして誰かに抱き締められ何か言われている。必死に声をかけている。だが、言葉が分からない。
視界が揺らぐ。判別も出来ない顔がますますわからなくなっていく。
聞こえる声はいつもと変わらない。
「私の為に生きてくれ。もう、二度と見たくないんだ」
いつも、最後まで聞かせてくれない。
癒月は、この夢しか見ない。
一つわかるのは、これは恋物語で、執着物語で、依存物語なのかもしれない。
誰かが癒月を呼ぶ声がする。
ゆっくりと目を開けた癒月にはもう夢のことを覚えていなかった。
体を起こすと声がした方へと歩いていった。
愛があれば何でもできる?
愛がなくても生きてはいける。
後悔
「嗚呼、深夜に一蘭に行って替え玉セットを食べるんじゃなかった……」
黎は体重計に乗ってぽつりとつぶやいた。
風に身を任せ
縁側に座っている小夜は風鈴の音を聞いていた。
ちりーん、ちりーん、と心地のよい鈴が彼女の耳に入る。それにつられてか瞼が下りてくる。
船を漕ぎ始めた小夜に突然強い風が吹いてきた。思わず夢から引き離された彼女は、一瞬驚いたが、風に身を任せた。
強い風からは何も読み取ることは出来ない。だが、何故か心が沸き立つ。
風が吹き終わるのを待って小夜はグラスを立ち上がった。
「あーあ、なんか喉渇いたなぁ」
一年後
有栖は17歳の時に古書店の店主に言われた。
「お嬢さん、この本の謎を解いてご覧。一年後に、答えを聞こう」