月見茶

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恋物語

 男が去ろうとする女の腕を掴み、抱き寄せた。
「離してっ! もう、貴方のことなんか……」
「それでも、いい。いいから、傍にいてくれっ!」
 女はそれを聞いて、涙を流した。


 癒月はバタンと乱暴に小説を閉じると、本の山へと適当に積んだ。衝撃で山がぐらぐらと揺れたが、崩れなかった。
 文字から抜け出した癒月の視界には木の板の天井しか見えなかった。寝ながら読書をしていた彼は、うつらうつらと夢へと落ちていく。
 目を瞑ると思い浮かぶのは、さっきの三文恋愛小説ではなく、朧げな記憶。
 雨が降っているのか分からないが、自分の体は濡れていて、何処か怪我したのか血が流れている。痛みは不思議と感じない。
 そして誰かに抱き締められ何か言われている。必死に声をかけている。だが、言葉が分からない。
 視界が揺らぐ。判別も出来ない顔がますますわからなくなっていく。
 聞こえる声はいつもと変わらない。
「私の為に生きてくれ。もう、二度と見たくないんだ」
 いつも、最後まで聞かせてくれない。
 癒月は、この夢しか見ない。
 一つわかるのは、これは恋物語で、執着物語で、依存物語なのかもしれない。

 誰かが癒月を呼ぶ声がする。
 ゆっくりと目を開けた癒月にはもう夢のことを覚えていなかった。
 体を起こすと声がした方へと歩いていった。
 
 

5/18/2026, 11:53:30 PM