瞬間、心が乱れる
足が震え言葉が出てこない
予定にない客
頭にサイレンが鳴り響き
非常灯が思考を赤く染める
落ち着け
ここで降りるわけにはいかない
心臓の鼓動を感じながら
紅潮した顔を緩める
静かに息を吸い込み
腹に力を込めはっきりとした言葉で
ゆっくり伝えた
お客様、折角お越し頂きましたところ
大変申し訳御座いませんが、
本日、システムトラブルの為、ご案内ができない様です
恐れ入りますが日を改めて頂けませんでしょうか
誠実に、申し訳ないという顔を作り上げる
客が、それなら仕方ないですね、と言って自動ドアから出て行く姿を見届ける
汗が噴き出る
膝の力が抜け椅子へ滑り落ちた
今回は危なかった、
もう勘弁してくれよ、
だが流石、俺
自然だった、よし、良かった、ああ助かったあ
仕事から帰ると、妻に声をかけられる
お帰りなさい、ねえさ、今度の週末、旅行にいきたいな、とか
愛想良く返事をする
いっそ海外とかいっちゃう?
妻はキャアと喜んだ
仕事が残ってると言い
部屋へ入るとすぐにメモをチェックする
もはや日課になっていた
記録
一つでもどこか狂えば
最終最後、破壊される
PCで今日の成果を確認するが
またチャートは下降線で
明日の計画を立て直す
プラスじゃなくていい
ゼロでいい
元に戻ればいいのだから
俺ならきっとやれる
誰にも知られず
失ったものを取り返すまで
原資はまだある
今はダメでも
いつか必ず
ゼロに戻せる
君と二人で
幸せな日々を
まだ知らない君
こんな私も昔は陽向に憧れを持っていた
日陰は嫌だ、なぜ人は陽の当たる場所を目指さず
日陰を歩きたがるんだろう、と
でも私もいつの間にか陽向を諦め
日陰と思う道に迷い込む
歳を重ねると段々と気づくことがある
眩しいと思っていたのは
似非の太陽だったのかもしれない
今でもその場所は眩しいんだけれど
照らされた場所、影に見える場所
陰と陽を区切るのは
いつでも他人である、と
日陰と思っていた道を歩きながら
私は光を手にしている
この光を
輝かせ続けるのか
それとも暗闇に葬るのか
決断するのは自分であって
まさに今、私の袂を照らしている
誰も照らせない場所の
光の存在に
私もようやく気づいたんだ
日陰
オレンジの刺繍で
GとYが重なった帽子をかぶり
阪神甲子園球場の
一塁側へ
いざ参る
帽子かぶって
今まで誰にも言えずに
黙っていたことがある
ルンバが欲しい
お掃除ロボット
クルクル回って
寡黙にお掃除してくれるなんて
なんて愛らしいんだろう
家に欲しい
家族にしたい
でも、ネットを見てたら
誹謗中傷、とまではいかないけど
不満の声が聞こえてきて
やっぱり迷う
今日、ジャパネットたかたで
キャンペーンをやっているのを知った
ビシビシと購買意欲を刺激される
調べたら同じ型がビックカメラでも同じ様な金額だった
ここまでの僕の行動を
整理して考えると
お掃除ロボットは欲しい
けど、やっぱりそこそこ値段がする
その分購入した時にこの期待を裏切られるのが嫌なんだ、と思う
だから
僕はその一歩を踏み出すべきか
迷っているんだろう
小さな勇気
ふぅ、と息を吐き
両の足をしっかりと着接すると
緊張の面持ちで盤面を見つめる
一週間の努力の成果がデジタルで表示された
81.7
右手を握りしめ
無言でガッツポーズを決める
スコア -1.3
やっぱりだ、予感がしていた
今回の方法は間違いないと信じていた
これを続ければ60㎏代も夢じゃないんじゃなかろうか
と、思い始めたところで自分を制す
おいおい、先走りすぎだぞ
何回失敗してきたんだよお前は
まだ序盤、気を緩めるな、継続は力なり
そして一週間後
ふぅ、と息を吐き出す
両足を乗せデジタルを確認した時
私の自信は確信へと変わる
80.2
スコア -1.5
無言で小躍りする
前回よりスコアが良い
これは見えた
70㎏代まで残り僅か0.3
夢に見た60㎏代も射程に捉える
私は間違っていなかった
後は波に乗るだけ
さらに一週間後
成果というのはプロセスの積み重ねである
何も恐れる事はない
堂々と両足を乗せる
84.0
スコア +3.8
きっと何かの間違いである
一旦設定をクリアし
もう一度乗る
84.1
スコア +3.9
なんでさっきより増えてるんだよ
体重計を睨みつける
どうやら今回のダイエットも失敗の様だ
だけど私は諦めない
いつの日か
あの頃の体型を取り戻すまで
終わらない物語