田中ボルケーノ

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10/18/2024, 3:30:23 PM





やってもうた

ハンコ

違うとこに押してもうた


気づいて血の気が下がる


残業して居残りして
最後、これまで終わらせて帰ろう、とハンコをポンポン押していった
慣れた作業

今日も俺は頑張ったぜ、お疲れさん、これ終わったら帰りまーす、って誰もいない社内でノリノリで一人で呟いてたら



と気づいた

ポンポンの、勢いで押したハンコが押しちゃいけないとこに押されている、て

しかも大型契約のハンコ

営業部が盛り上がっていたあの書類である


思いっ切り息を吹きかけて
ティッシュで軽く拭いてみたけど
消えない朱肉

一旦落ち着こう

事態を飲み込むため深呼吸をして
落ち着いたところでもう一度書類を見つめる

何度見ても大事な書類に変わりは無かった

僕は震えている

明日からの三連休がどす黒い暗雲に飲み込まれる

家に帰っても覚めない悪夢




罵詈雑言

油汗で呼吸ができない

今期最大の大事な契約がお前のせいでご破談に

三日三晩攻められる

いきり立った営業部長から顔面にデカいハンコをポンポン押される

ああ?間違えた、ああ?間違えた

間違えて済むなら契約書はいらないんだよバカヤロウ、と

僕の顔面は朱肉にまみれて
それでも部長は押し続ける


こうして僕の三連休は悪夢を見て終わった


連休が明け
もう謝るしかない
覚悟は決めていた
朝一で営業部へノックする

部長、あの、おはようございます

あの、すみません、実は契約書のハンコを押しまち


まで発言したところで、遮られる

あ、ごめん、今それどころじゃないんだよ
大型契約が破談になっちゃってさ
先方からいきなり契約解除して欲しいだって、
理由も告げずにありえんやろ

頼んでた契約書もやり直しになるかもしらん、ほんと申し訳ない


あ、そうですか
それはけしからんですね

といって営業部のドアを静かに閉める

僕は社内の廊下を音を立てずに全力で駆け
薄暗い階段を駆け上り
屋上へ繋がるドアを蹴破り
思いっ切り叫んだ

うおおおおおおおおおおお!!

全身でガッツポーズを決める


屋上から

空を見上げると

真っ青に突きあげる様な

透明な空

これぞまさに、

秋晴

   
               『秋晴』

10/16/2024, 1:43:32 PM

おっと、いけない

過ごし易くなったせいだろう

気づけばまた漏れてしまっていた

私の優しさから木漏れる

やわらかい光が


世界は優しさで出来ている会を立ち上げて早一年

会長としてその名に恥じぬ活動を続けてきたつもりだ

優しさを基準に生活サイクルを組みたてていると
毎朝のスタートはご近所のパトロールになる、これは自然な流れだろう


玄関を開けると、日差しが差し込む

外へ出て背伸びをして
晴れやかな太陽と澄んだ空気にお礼を言う

ありがとう、サンシャイン、と


畦道の野菊に気づいて
おはよう野菊、朝露で風邪ひいてんじゃねえの、と話かけると

おはよう会長、今朝は寒いね、でも寒くなると咲くんだ私、と野菊は照れくさそうに笑う

親指を立て
楽しみにしてる、綺麗に咲かせろよ
と笑った

続いていつものハトが
おはよう会長、今日も精がでるね、
と声をかけてきた

いつもは人間語で返す、が

クルックークルックーポポポポとハト語で返事をしてみた

意表をつかれたハトは喜んでポポポポ言いながら飛び立っていった

そしてハトが上空から見えるか見えないかの位置で

首を前後に動かしながらクルックークルックーと

密かに練習していた渾身のハトのモノマネを披露すると

ハトは上空で爆笑していた


私はこうした地道な活動を続けている

その甲斐があって近所は優しさに包まれはじめた感触がある

そしてこれからも

世界中が優しくて

やわらかな光に包まれる

その日まで

活動を続ける所存である


世界はきっと

優しさで出来ているのだから


           『やわらかな光』

10/15/2024, 2:28:22 PM

鋭い眼差しで睨み合い

視線を合わせたまま二人は

リングの中央を静かにぐるぐると回る

いよいよデスマッチの様相を呈してきた

時間無制限一本勝負

台所に今、ゴングが鳴り響く


端から見れば
そんなの些細な事だろ、と見えるのかもしれない

単独での罪の重さでは軽微だが
罪が重なるケースでは、時として重罪となる

発端はカレーであった

母は先に家に帰っていた父にLINEを送る

お米炊いといてねハート(スタンプ)
米は洗って仕込んでるから、スイッチポン(スタンプ)と

父は、OKでござる(スタンプ)と返信した、のだが、

仕事から帰った母が台所に立った瞬間

会場の照明が暗転した


米、炊けてないじゃない


リングにスポットライトが当てられ、母が呟く

マジでこれ、何度目だよ、と

察した父は慌ててマイクを持つとロープをくぐりリングに上がる

あー、ごめん
忙しくて忘れてたわ
スマンスマン

母は父からマイクを奪い取り

いやあ、さぞかし忙しかったんでしょうね、今夜はカレーなのに、
炊飯器のスイッチをポチッと入れるの忘れるくらいYouTubeのショート動画見るが忙しかったんですよね
ほんとご苦労様です、YouTuberは大変ですね

って、お前、宮迫かコラ
そもそもお前YouTuberじゃねえだろ
YouTuberなめとんかワレ、HIKAKINに謝れよ、バカヤロウ
米なしのカレーとか、なめやがって


と、ブチ切れた

これで勝負あり、と思われたが

あろうことか父はやめときゃいいのにモゴモゴと言い訳を始める

なんのプライドか充満した油にさらに熱々の火がくべられる


リング中央で

鋭い眼差しで睨み合う二人

カレーの香る台所は今宵

灼熱のリングへと変わり

いよいよデスマッチの様相を呈してきた


早くご飯が食べたいのに


        
            『鋭い眼差し』

10/14/2024, 3:10:13 PM

あまりにも馴染めないでいた

なんとなく軋轢が生まれる予感がして

間を取り持つ事にした

これもバイトリーダーの役割か


飲食店の店員というのは阿吽の呼吸である

ツーと言われればカーと返して
その店員同士の巧みなラリーが
商品の提供を早め、あるいはサービスの質を向上させる

結果的にその見えない部分で客を喜ばせているし、
店員同士でもその連携が上手いヤツほど地位が高まる

店員同士でコミュニケーションを取りながら
シフトに入ってきた相手の性質を知るのがまず第一歩で
場をほぐしながら、ゆくゆくはシフトに入って喜ばれる存在になる事が最終目標だと思っている


その精神を店長から認められ私もバイトリーダーの地位まで登り詰めた
気づいたら最上位、私より長い学生連中はとうに抜き去っていた


新人の田辺は学生だが
ラリーが苦手の様だった

覚えは悪くはないが
呼吸が読めない

例えば
ドリンクのヘルプに行って欲しい場面で
今やらなくても良い明日の仕込みを進めている、とか

業務を逸脱しているわけじゃあないし
ズレの範疇ではあるのだけど、古株連中からは、
いや、教えなくてもわかるやろ、空気読めよ、的な批判がチラホラ上がってきていた

こうなると田辺のシフト中はどうしても殺伐とした雰囲気になってしまう


この問題、バイトリーダーとしてはなんとかしなくては


田辺は口下手である

そこが根本の原因と考えた私は
他のメンバーがいる中であえて田辺の素性がわかる、わかりやすい質問を投げかけた

純朴に応える田辺の返事を
他のメンバーに聞こえる様に大きめの声で

へえ、三年なんだ、そろそろ就活か、とか
駅前に住んでるんだ、あの駅前のTSUTAYA行くの?とか、拡声する

だが効果は無かった
本人が悪いわけじゃないけど
あんまり面白いネタもでないし
気の利いた返事もなかった
やはり溶け込めない

孤立は益々深まっていく


そんな日々が続いたある日


田辺、もしさ、生まれ変わったら何になりたい?

忙しい時間だったけど、何の気なしに聞いてみた
いつものどうでもいい、大した答えも期待していない、
チャーハンを炒めながら暇つぶしで尋ねた様な質問だった


え?生まれ変わったら、ですか?

洗い物をしている田辺の表情は思いのほか神妙に変わり、力の籠もった声で



と答えた


鳥になって飛びたいです

できれば

空の限りを越えるほど

遠くまで羽ばたいて

誰も辿り着けないところまで

高く飛んでみたいです



思わぬ答えに鍋を振る手が止まっていた

チャーハンが鍋の熱に耐えきれず、油を溶かしながらくすぶって

黒く苦い煙が眼前を覆っていく


             
             『高く高く』

10/11/2024, 1:36:09 PM

もうこれは覗き、かもしれない

通勤電車から流れる車窓に映るピンクのカーテン


毎月、毎日、同じ時間
僕は同じ電車に乗る

季節は変われど電車は変わらない

そうこうしていると
飽きるのも通り越して
楽しみを見つける段階にまできた

当初は同じ時間に同じ顔で乗ってくる、恐らくは同じ様な境遇であろう同じ車両の常連にあだ名をつけたりして遊んでいた

僕は仲間達の格好や仕草、表情から昨日との違いを見つけては、
この電車を降りた後にこの人に起こるトラブルなんかを予言できるレベルにまで達する

その予言が当たっているかはわからないけど、ついにそのレベルにまで達する


そして、そんな毎日があまりにも続くもんだから
もうどうしても飽きてきた頃、あ、と気づいた


通勤電車から流れる車窓に映るピンクのカーテン

なんで今まで気づかなかったんだろう

自分の家のカーテンを選ぶ時、あんなピンクを選ぶだろうか
あんなピンクを選ぶとか、どう考えてもエロい

そして
なんでかわからないけど
カーテンは少し開いている

それで僕は確信した

車窓から見えるあの家には
きっとエロい女が住んでいるに違いない


それから僕は
毎日混み合う同じ顔をよそ目に
時速100㎞で流れるカーテンの僅かな隙間を


カーテンの中身を

見逃すまいと

日々努力している


             『カーテン』

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