突然の風
吉田さんは
キャア、と小さく叫び慌てて整えている
穏やかだった僕らの日常を風が突然、捲り上げ、そして去って行った
それは今にして思えば、僕の青春の訪れを告げる風だった、と言えるだろう
田中くん、、見えた、でしょ?
この問いになんと応えるべきか、
最初のこの一言目が大事である
瞬間、脳は血液を巡らせ最適の言葉を放りだした
え?なにが?
我ながら良い返答だった様に思う
質問に質問で返す
事態を掘り下げずこの場を取り繕うには最適の応えだった
吉田さんから言葉が返ってくる
うそ、絶対見えたでしょ?
いや、なにが?意味分からないんだけど
最初の応えが効いている
このまましらばっくれられる
うーん、それならいいけど、
よし、と心の中でガッツポーズを決める
吉田さんは追求を諦めてくれた
え、なに?なにが見えたって?逆に気になるじゃん、とか言いつつも
本当は見えた、ばっちり見えてしまった
校舎を出た瞬間、
風のいたずらで吉田さんのスカートがスゴい勢いでめくりあがったのである
僕は確かに見た
僕だけが見えた
吉田さんは、まさかのエメラルドグリーンだった
ただのクラスメイトだった吉田さんは
その日からただのクラスメイトでは無くなってしまった
その想いは誰にも言えずまだ秘めている
あの時、あの刹那の風が、変えてしまった
僕の、僕たちの青春をエメラルドグリーンに
風のいたずら
目を覚ますと
いつもの部屋が澄んで見えた
手で拭って
それが涙のせいだった、と気づく
夢はすっかり忘れてしまったけど
会いたかった貴方に
会っていた気がして
また一粒
輝き
零れおちた
透明な涙
ハトを飛ばしてみたい
その足に手紙をしたためて
あなたのもとへ飛ばしたら
どんな顔をするんだろう
ハトが豆鉄砲を食らったような顔をするのかな
そして思う
ハトが豆鉄砲を食らった顔ってどんな顔なんだよ
そもそも豆鉄砲がよくわからない
豆鉄砲ってなんだろう
見たことないし
わかりそうでわからない
ハトが豆鉄砲を食ったとか食らったとか
どんな状態か
わかりそうでよくわからない
とにかく僕は
ハトを飛ばしてみたい
あなたのもとへ
豆鉄砲を食らわせるのだ
手紙を添えて
あなたのもとへ
昨夜、彼のアカウントから正式にアナウンスがあった
どうやらホンモノだったらしい
初めて開いた家族会議は秒で決着した
家族五人、全会一致で売ることに決定する
父が我が家の外壁に落書きを見つけたのは、二週間ほど前
けしからん、と怒り心頭で兄を呼ぶ
物置からハシゴを取ってきて、と
我が家の外壁の高さ2メートルほどの位置に、あろうことか、落書きをされたのである
ハシゴに登りよく見ると70㎝四方の透明のサランラップが貼り付けてあり、その上から書かれているようだった
綺麗な戦車の絵とサインらしきもの
父は手の込んだイタズラをしやがって、とラップごと剥がそうとするが
下で見ていた兄から、待った、がかかる
父さん、ちょっと待って
え、なんでだよ、と無視して剥がそうとする、が
再び兄が大声を張り上げたので手を止める
マジで、ちょっとだけ待って、と
父は兄の勢いに気圧され仕方なくそのままにすることにしたようだ
兄はその絵をSNSで一度調べたいらしい
すると一週間後、地元のテレビ局から取材がきた
なんか話題になってるとか
父は満更でもない顔で、いやあひどいイタズラですよ、まいったなあ、と愛想良く応えていた
テレビはサランラップの絵を映して帰っていった
その三日後、父の携帯に謎の番号からの着信があったらしい
不審ながら出ると流暢だけど外人ぽい話し方で、
500万デドウデスカ?と言われたので気持ち悪くてすぐ切ったとのこと
気になって電話番号で検索すると、アラブ首長国連邦からの着信だった
ルフィの一味かよ、なんなんだよ、と呟いていた
そして昨夜、兄が深刻な顔で話し始めた
あの絵のことだけど、本人のアカウントから正式にアナウンスがあった、と
先日、日本に作品を残した、
薄いサランラップに重厚な戦車を描くことで戦争の希薄さを表現した新作、との発表
バンクシー
どうやらあの絵はバンクシーが描いた
紛れもないホンモノの新作、だそうだ
そんなもんが、なんで我が家に
直後、父の携帯が鳴る
画面にはアラブ首長国連邦の番号
恐る恐る取ると、
先日ハ失礼シマシタ
今回700万$デ、イカガデショウカ?
事態を受けて、我が家で初めて開いた家族会議は即決した
全会一致で売ることにする
翌日、我が家の庭に全国から報道陣が集まる
日本からバンクシーの新作が出品されるのを固唾を飲んで見守っている
全国生中継だそうだ
兄と私で支えるハシゴは震えている
業者には全て断られた
責任が終えません、と
父は顔面蒼白のまま
一歩一歩、ハシゴを登る
700万$の値がついた
厚さ0.01㎜の平和への想いが
ひっつかないように
今朝から弟は部屋から出てこない
母はついに泣き出した
サランラップが
破れないように
もつれないように
父は
一家の主として
剥がし始める
ガタガタと歯を鳴らしながら
そっと
慎重に
少しずつ
そっと
そっと
最近は特に、画面越しでもいいでしょ派が増えたように思う
じじいくさいことを言ってんのかもしんないけど、人生も中盤に差し掛かると余計に思う
やっぱ景色は、生でしょ、と
景色とは目的で
その誰かが言ってた絶景とやらが
本当にそこに存在するのかを確かめる作業でもあるわけで
そこまでの行程も含めて楽しむのが景色なんだと思うんだよな
まだ見ぬ景色は
僕の中に閉じ込めておいて
いつか出会えるその日を
楽しみにしている
まだ見ぬ景色