あークソ、まただ
またカットインしてきやがる
最初は雑音程度だったけど、確実に音量が増してきている
唐揚げ3人前頂きました、とか
イカ天追加でーす、とか
掻き揚げソバとミニカツ丼セットぉ、とか
お昼時は特に威勢の良い声が割り込んでくる
週末の夜なんか、あまりのオーダーに混線しているようだ
きっかけはよくわからないけど、
どうやら僕の脳は無線のアンテナみたく
近所の飲食店で揚げ物のオーダーが入ったら
その声をキャッチして僕だけに聞かせる、という謎の能力を手に入れてしまった
刺し身とか〆の雑炊とか、かぼす酎ハイとか
そういうのはキャッチしない
タコの唐揚げとか白身魚のフライとかカリカリ揚げチーズとか
揚げ物のオーダーだけが聞こえる
焼き餃子は入らないが
揚げ餃子は入る
焼きチャンポンは入らないが
パリパリ長崎チャンポンは入る
最近、きつねうどんが聞こえた時は戦慄した
あれは別にその場では揚げてないやろ、ゴボウ天うどんならまだわかるけど
もう耐えられない、そんな最中
近所に王将ができるらしい
僕は生まれた街を捨て
揚げ物のない世界へ
旅立つ決心をした
『声が聞こえる』
ねえ、秋ってどんな季節だったの?
わたし、秋って漢字習ったよ
漢字に火が入ってるから、この、夏って季節よりきっと暑かったんでしょ?
と屈託のない笑顔で尋ねられる
おっと残念、秋はね、涼しい季節
お日様が沈んで夜になると綺麗なまんまるのお月様がゆっくり上がってきて
スズムシとコオロギが合唱を始めるんだ
それを聞きながらお散歩をするのが最高なんだよ
歌う虫がいたの?いいなあ
秋は涼しいんだね、秋はお外にクーラーがあったの?
ううん、お外にクーラーはないけど、
言葉に詰まる
涼しかったんだ、なんでだろうね
わたし、わかるよ、おじいちゃんが小さい時はきっとお日様が優しかったんだよ
今はずっとプンプン怒ってる、わたし、お日様嫌い
だってずっと怒ってるんだもん
そうだね、お日様もあんなにずっとプンプン怒らないでいいのにね
いいなあ、歌うスズムシとコオロギとお散歩なんて
行ってみたかったな、秋
『秋恋』
大事にしたい
千載一遇のチャンスが巡ってきた
長らく真面目にやってきた
社歴が長くなるといよいよ社内の様子まで見えてくる
入社以来、切磋琢磨してきた仲間達もいつの間にか選別され、限られた次の椅子を狙うライバルになっていく
最初は不器用で形が整わない赤い炎も
集中して酸素が送られると青く燃え
熱量は増しても外からは見えにくくなる
僕には見えていた
この炎の中に僕はいない、完全にコンロの外、脱落者であった
居残りの残業をしていたある日
見てはいけないものを見てしまう
喉が渇いて
お水を飲みたくて空になったマグカップを持って給湯室へ向かう
社内はとっくに帰って誰もいないはずだった
ところが足が止まる
異様な雰囲気
艶めかしい甘美な音が漏れ聞こえる、
心臓が高鳴る
足を忍ばせ、音が聞こえる給湯室を遠目から覗くと
同期で次期課長の呼び声が高い三平と
同じく同期で次点の課長候補の玲奈ちゃんが
あろうことか給湯室のコンロの上で燃え上がっていた
コンロの上で激しく燃え上がる様はまるで本格中華のチャーハンだ
鍋底とコンロが激しくぶつかり合う音、パラパラのお米が鍋の上で踊っている
僕は思わず写メを撮った
そっと気づかれないように退社し、家に帰ってから冷静に考えてみた
混乱する頭を整える
あの二人、確か
三平は奥さんも小さい子供もいるし
玲奈ちゃんはつい先日結婚式に呼ばれたばかりだ
余計に混乱する
こういうのをなんというんだっけ
Wユー、じゃなくてWなんとかだ
変な笑いがこみ上げる
別に無理して出世したいわけじゃない
責任も大きくなるだろうし、元々管理とかそういうのに向かないタイプなのは承知をしている
ただ僕の人生がこのままコンロの外で終わるのはかなり忍びない、それは本当にそう思う
ならば、手に入れたこの火種
この手で握り潰すのは簡単だけど
社内を青い炎で燃やし尽くすほど
大事にしたい
千載一遇のチャンスが巡ってきた
『大事にしたい』
本当にこれは
本当に突然始まるから困る
今回で確か七回目、
前回は四年前で映画館で鬼滅の刃の無限列車編を観ていた時だった
煉獄さんが竈門少年に語りかける
このシーンは漫画で結末を知っているだけに胸にこみ上げてくるものがある
次はいよいよあの台詞だ、息をのむ
心を燃や
…あれ?止まった
マジかよ、こんな良い場面で機材トラブルとかあり得んやろ、と頭に浮かんだが
その思いはすぐに絶望感で打ち消された
発動してしまったのだ
時間を止める能力が
久々だから忘れていた
初めて止まった時は
現象を理解した直後、その驚きと共に
とんでもない力を手に入れたと高揚した
チート級の能力
これより世界は物理法則を超えた我が力にひれ伏すのだ、ガッハッハと
だが、問題が発生する
確かに私以外の時間は止まっている
戻し方がわからないのである
それに気づいた時、暗闇の太平洋に浮き輪一つで置き去りにされた気分になった
どうやって戻すんだよ、これ
時計も動かないから止まっている時間もわからない
初回は体感で三日間
丸三日程度、周りが動かないという恐怖で泣き疲れて
もうこうなったら裸で街中で踊ってやろうか、とズボンを脱ぎかけたその時、時間が動き出した
あの時は死ぬほど嬉しかった
脱いでなくて本当に良かった
それから謎にランダムに時間が止まる度、発動条件と解除条件を探っているが全くわからない
一番短い時は80秒ほどで動き出した
前回の鬼滅の刃の時はすぐ戻るかもしれないし、続きを観たくて映画館でそのまま待ってたけど
結局、戻らないから諦めて帰った
この時が一番長くて恐らく1週間ほど
段々慣れてはきていたものの、流石に長すぎてこっちが無限列車になるかと思った
そして今回が七回目
Mステを見てたら止まった
テレビもゲームもスマホも動かない
風も吹かないし、お月様も動かない
いきなり動くかもしれないから悪いこともできないし
この静寂の世界で
再びタモリが動き始めるのを
ただ望む
『時間よ止まれ』
うわああ、、コイツ、マジかよ、
嫌な予感はしていたけど、勘弁してもらえないだろうか
ここはどう考えても夜景の見えるレストラン
エレベーターに乗せられてチラ見すると、明らかにドヤ顔をしている
密室の空間に二人きりで
如何にも尋ねて欲しい空気を醸し出すもんだから、
舌打ちを堪えて仕方なく尋ねる
ここ、よく取れたね
待ってました、と言わんばかりに半歩近づき顔を真っ直ぐこちらに向けて笑いながら応える
ここね、実は中々取れないんだよ、半年待ちがざらなんだけど
おい、
こっちはそれを知ってて聞いてるやろうが、初めからここが人気店のニュアンスで問いかけてんだよ
コイツのこういう所作がムカつくんだよ、マジで
偶々、親父のツテでね
ほら、いらんことを言う
お前の努力、皆無じゃねーか
私はしがないオフィスレディ
この度、何の運命の計らいか
金持ちのボンボンに見初められることとなった
見る人から見れば
千載一遇だとか
なんでアンタがとか
言われたけど
じゃあ、お前らこれを我慢できるのかよ、と問いたい
小一時間、問い詰めたい
席に案内された瞬間から、コイツのオーラはさらに膨らんだ
窓側の最優良特等席
店内から県内全ての夜景を網羅できるのは、この二席のみ、といった演出が施され
次から次へと品のある料理が運ばれてくる
とっとと帰りたい私は
味も会話も楽しむことなく、むしゃくしゃと頬ばる
コースは中盤から終盤にかけてラストスパートで駆け抜ける
随時、金持ち特有の自慢話を仕掛けられるが、
はー、とか
ほー、とか
やり過ごす
夜景は確かに綺麗だった
でも固形物を丸のみにさせるようなコイツの振る舞いがどうにも嫌いで仕方がない
いよいよゴールへ辿り着く
次に届くデザートを腹に入れれば
やっとおうちに帰れる
そう思った、矢先であった
バン、と破裂音
店内の照明が落ちた
他の客達のざわつきが聞こえる
状況が掴めない私は
高層のビルの窓から切り取られた夜が眩しくて
一瞬、見とれてしまった
でも、次に反射した光が向かいに座る男の表情を照らして
全てを察する
暗い店内に明るいBGMが流れる
奥から閃光する花火を刺したケーキを持ってシェフ達が現れる
おめでとう、だの言わされながら
キチガイみたいな笑顔で真っ直ぐ私の席に向かってくる
怖くて自然と息が上がり
耐えられず窓の外を見ると
向かいの高層ビルの各階で異常に窓の照明を変化させているのに気がついた
それが私の名前とコイツの名前と
ハートマークで
夜景を描いていると気づいた時、
私はついに、気を失った
『夜景』