ちょ、待てよ
不貞腐れてスタジオを出て行こうとした高井を知村が止める
ここからナンバーワンになるぞ、と地下アイドルでデビューしたボクら五人
どれだけ客が少なくてもお互いにがんばりましょう、と励まし合い
俺達にはきっと明日がある、と信じていた
でも何年も同じ状況が続いて
流石にいい加減に、客の入らない日々で
ナンバーワンの夢もいつぞやの夢
いつしかボクらの心を蝕んでしまっていた
まるで時限付きのダイナマイト
ボクらはついに解散の危機に瀕する
スタジオのドアに手をかけた高井は
こちらに背中を見せたまま言い放つ
俺達これ、いつまでやるんだよ、こんなの10$にもならないべ
ドアノブを持つ手は震えている
重たい空気が流れる
わかった
高井くんの気持ち、わかったよ
じゃあさ、最後にこの1本だけでいいから
キヨシが口を開いた
このまま終わるなんて
ファンのみんなに申し訳ないからさ
応援してくれたファンに感謝して
最後に1本、満足なものを録ろうよ
ありがとうって気持ちを音源として残すんだ
名取が賛同する
そうだね、
でさ、これが終わったら
これが終わったら五人で朝日を見にいこうよ、オレンジ色の朝日
知村は寝ていた吾郎をバンバンと叩き起こして
胸騒ぎを頼むよ、と声をかける
そしてボクらはあの頃の笑顔と元気を取り戻し最後のサビを皆で歌った
ナンバーワンにはなれなかったかもしれないけど
あの頃の未来とは違ったかもしれないけど
この五人で過ごした時間はずっと忘れない
『世界に一つだけ』
なあにが
私の鼓動は16ビート
オープンハットで刻み倒して、
だ、バカヤロウ
初めて対バンしたあの日
お前は輝いてた
お前のステージを見たあの瞬間から俺のビートが鳴り始めた
打ち上げのノリと勢いで、と思ってたのかもしんないけど
お前の歌声を聴いた瞬間に俺は心に決めてたんだよ
俺がカートならお前はコートニー
お前がナンシーなら俺はシドだわ
ドラマーとボーカルであんまりそういう例がないからさ、
歴史的にベタな人達を引き合いに出したけど、
つまり、俺はそういう気持ちでいた
俺達二人でロック史に名を刻もうぜ、て
そしたらお前は応えてくれた
そんなのヤダよもう、
みんな先立っちゃうじゃない
カートもシドもレノンだってそう
私を置いていかないで
私の鼓動は16ビート
オープンハットで刻み倒して、
つって
それなのになんでお前は浮気なんてしちゃうんだよ
しかも、よりによってベースのタカシと
地元最強と言われた俺とタカシのリズム隊は気まずい空気でビートを刻む
お互い知らないフリをするのももう限界で
それなのに、なんでお前は
ギターのテツオまで
『胸の鼓動』
目覚めるとすぐに目の前の老婆が泣き崩れた
画面がブレる
隣の白衣を着た人が慌てて老婆を抱えた、泣きながら笑っている
なんだかどうして
意識が覚束ない
目の端に窓が見える
朝かもしれない
勢い良くドアが開く音
なんだっていうんだ
首が重たくて起こせない
ドタバタと入ってきた誰かに話しかけられる
よくわからない
とにかく眩しいんだよ
名前を聞かれて
返事する
小さい部屋に歓声があがる
なんだこれ?
ここはどこだ?
さっきまで泣き崩れてた老婆が抱きついてきた
よくわからないけど、なんだか不思議と嫌な気持ちはしない
酩酊の意識が少しずつ整う
窓から覗く雰囲気は朝だ
やっぱり僕は眠っていたらしい
白衣を着た人が医者だと名乗る
表情を変えずに話し始めた
わかりますか?と
僕はわからない、と応える
やっぱり僕は眠っていたらしい
医者だと名乗る人物は
その通り、眠っていたんだ、とゆっくり話し始める
驚かないで欲しい、
老婆はまだ泣いている
君は眠っていた
すごく長い時間を、と
ゆっくり息を吸い込んで
時を告げる
『時を告げる』
そういえばさ、あれから見れた?
まあ、なんというか
こんな退屈な生活をしていたら定期的にこの話題になるのも仕方ない
いや、ないよ
少し開いたとこまでは見かけるけど奥まではやっぱり見えないよね
そうなんだよな
先っちょは見えるけど中身までは見えないんだよな
毎回この結論である
僕たちは僕たちの中身を知らない
哲学的な話ではなく物理的に見えないからだ
次は怪物に襲われたのを目撃した話になる
いきなりね
巨大な毛の生えたヤツに捕まると
お腹の上にのせられて石でガンガン割られるんだって
その時さ、偶々そこにいたんだって
砂囓ってたら出くわしたヤツがいて
なんとね、中が見えたらしいよ
どんなんだったんだろうね
それがさ、よくは見えなかったみたいだけど
スゴい綺麗だったんだって、僕たちの中身
えー、そうなんだ
なんか嬉しいね
見てみたいなあ、そんな美しいなら
だよなあ、見てみたいよなあ
この話題は毎回このパターンで終わる
僕たちは僕たちの中身を知らない
僕たちは怪物に襲われてまで僕たちの中身を見に行く勇気はないし
僕たちはきっとこのままが幸せなんだろう、とそんな気がしてる
『貝殻』
極限まで張り詰めた緊張感は満員の球場を黙らせた
最後の一球になるかもしれぬその投球を見守るために
指先から放たれた白球は
張り詰めた糸の隙間を擦りながら真っ直ぐミットへ向かう
逆転のランナーは息巻いている
打たれればそこでおしまい
サヨナラだ
決着をつけよう、と
全力で振り抜かれたバットから乾いた音が鳴り響いた
ああ、なんとなく
予感はあった、
けど、まさか本当にこっちに来るなんて
高く高く
白球は上がる
球場からは一斉に歓声と悲鳴
まるで花火の様に打ち上がる
落下はほぼ定位置
助走をかけるにはもう少し後ろから、か
風はない
正直、つらいときもあった
辞めよう思ったこともあった
結局、レギュラーにはなれなかったけど
みんながいたから
みんなと見てた夢がある
放物線から落ちゆく白球を追って歓声は更に激しさを増す
そういえば、公式戦は初めてか
土壇場でライトに入れとか
なんだ、監督は見てくれていたのか
浮かぶ想いを切り離し
身を委ねる
球の落下はイメージ通り
逆転のランナーがスタートを切るために構える
一歩目を少し踏み出し
二歩目を強く
三歩目にふくらはぎに力を込めて
グローブが球を捉える
また一斉に花火が上がる
ステップを踏み
右手に握りかえ
全力で
真っ直ぐに
想いをぶつける
届け
真っ直ぐに
『きらめき』