一日って、どうして真夜中に始まって終わるのかしらね。夜明けの瞬間でも、日没の瞬間でもなくて、夜の真ん中に。
目を閉じた真夜中、今が今日なのか明日なのか昨日なのかわからないままの夢うつつ。終わりとはじまりの間を漂うひとときにも、わたしたちは確かにそこにいて、柔らかに時の中を流されていく。
深い夜のくらやみの中を。
#終わり、また初まる、
さよならを言っておけばよかったな。
きっと夢だとわかっていたのに、言ったら壊れてしまうと思ってなんにも言わなかった。
薄く靄のかかった安らぎの中で、あなたの隣にいられることに甘えていた。目覚めて遠ざかっていくなにもかもを留めておけないのに、その幸せな手触りだけが残っている。
さよならを言っておけばよかった。幸せだと言えばよかった。
今はもう顔もわからない、あなたに。
#夢が醒める前に
彼女は昔々は大層優秀で、何某かの賞だとか、さまざまの優勝だとかを山ほど取って歩いており、才女だ天才だと持て囃されていたのだが、あるとき道端で猫を撫でている冴えない男を見かけて自分もその猫を撫でてみたくなり、わたしも撫でていいですか、ええ野良ですから大丈夫だと思いますよ、などと一言二言喋ったところでその猫は男の後ろに隠れて彼女には見向きもせず、そんなことがもう大変に悔しく気に食わず、むすくれたところを、男が何やらひどく微笑ましげに見ているのに気づき、そのせいなのかなんなのか、なんだかそれまでのピンと張っていたものが緩んでしまって、それで彼女は天才をやめ、猫を愛でる穏やかな生活を開始して十年経つ……というところで、今、彼女は病を得た愛猫の背を優しく撫でながら、さて、たまには天才をやってやりますか、と言ってにゃあにゃあと猫語を喋りだし、どこが痛いとか何が気になるだとかを本猫に聞き取り始めたのである。
#たまには
飴玉をあげたかった。
大きくてきらきらの、ストロベリーのやつを。
アイスクリームをあげたかった。
甘くとろける、バニラとクッキーのやつを。
チョコレートをあげたかった。
素敵な缶からに入った、宝石みたいなやつを。
花束をあげたかった。
優しい色の、ばらとかすみ草でできたやつを。
指輪をあげたかった。
ささやかに輝く、ダイヤモンドのついたやつを。
僕の一生をあげたかった。
たいしたことなくても、誰より君を愛してるやつを。
#大好きな君に
美しくて、少し寂しい人だった。
どうして「寂しい」と思うのか、よくわからない。
軽く伏せた睫毛の向こう側で、黒い瞳があんまり静かに見えたから。それとも、いつもささやかに微笑うくちびるの端に、時折、笑みとは違う角度を宿していることがあるから。
あのひとはいつも、夕の陽に似ていた。
眩しさの背中に、宵の暗さを柔らかく纏っていた。
けっして輝かしいばかりではない人だったのに、あのひとはわたしにとって、沈まぬ太陽のような人だった。
わたしはあのひとが好きだった。たぶん、誰よりも。
#太陽のような