あなたが慈しんだのは、白。
ぱっと華やかな赤よりも、つややかに深い青よりも。
あなたの心の深くに根ざして、やがて咲いた色。
いつかなにもかも思い出になっても、忘れはしない。
かすみ草の花束を抱えた、あの日のあなたのことを。
#花束
ほとんど、目だけで笑うひとだった。
くちびるの端は、かすかにひきつるようだった。
笑うのが下手で困るのだと言っていた。
でも、あのひとの瞳はあんなに柔らかく光っていた。
明け方に融けてゆく雪のように静かで、優しかった。
あのひとの、そんな笑いかたが好きだった。
その目を覗き込む相手にだけわかるものがあった。
わたしはそれを知っていた。
そして、きっと忘れない。ずっと。
#スマイル
あなたが好きだった歌を歌うとき、踏み外す一音。
あの秋の水溜りに立って頬に感じた風の色。
空気を引っ掻くように掠れた笑いかた。
差し出されたフォークの先にあったケーキの味。
誰にも教えなかった恋。
一度も口にしなかった、とっておきの愛の言葉。
#どこにも書けないこと
さよならを刻んで、明日が来る。
おやすみを刻んで、夢を見る。
刻まれる一秒を見送って、見送って。
そうして胸の内側に刻まれたものを、思い出と呼ぶ。
わたしだけの傷跡を、生きていく。
#時計の針
溢れたら、溢れたぶんだけ失くしてしまうと思った。
わたしの外側に零れ落ちて、消えてしまうと思った。
どれだけ大事にしていても、そうなると信じていた。
ひと雫だって忘れたくなかった。
これはわたしのものだ。わたしだけのものだ。
そうして抱えて生きてきた。
ぴんと張り詰めた水面、美しく濁ったわたしの心。
そして、今。
そこに触れようとするあなたの指を、予感している。
初めて何かが壊れるだろうときを、待っている。
どうしてか。どうしてか。
#溢れる気持ち