わたしに微笑まないでね。
わたしに触れないでね。
わたしに話しかけないでね。
わたしのために泣かないでね。
わたしのために頑張らないでね。
全部、あなた自身のために取っておいてね。
わたしはなんにもいらないから、あなたが、きっと幸せになってね。
わたしに優しくしないでね。
あなたが、あなた自身に優しくしてあげてね。
きっとよ。きっとだからね。
#優しくしないで
そこには、この世で目にした色が全部あった。
どんな白も、どんな黒も、どんな赤もどんな青も。
君の瞳の色、君の爪の色、君の勝負ワンピの色。
あの日の夜空の色、星の色、咲いていた花の色。
全部覚えていた。全部、僕の中に残っていた。
目を閉じる僕を覗き込んで泣いた、君の涙の色も。
#カラフル
どこか淡い色の光の中で、やさしい花の香りが涼しい風に漂っていて、ささやかに鳥が鳴き交わす木陰に、雨は絹のようにさらさらと降り……。
わたしはそんな楽園にいたことがあるんだよ、と彼女が笑う。
僕が、どうしてずっとそこにいなかったの、と尋ねると、彼女はもっと笑う。
彼女はただ、君がいなかったからさ、と言う。
そうして、幸せそうに笑っていた。ここが楽園だっていうみたいに。
#楽園
ひんやりと湿った風だった。
水の匂いのする曇天に、遠雷が聞こえる。
飛び立つなら、こんな日がいい。
翼も箒もない。それでも飛べると信じるには、逆巻くような嵐の予感が要る。
雨粒を蹴り、稲妻を足がかりに、逆風に乗る。
だから、今日。
わたしは空をぐっと睨みながら、待っている。
わたしの乗るべき風を。嵐を。その訪れを。
#風に乗って
夢の中にだけある、音のない声がある。
その色と響きを、どうしても覚えておけない声が。
どこにもない、誰でもない。
なのに、それはどこか、過去を思い出させる。
あの日、届かなかった一瞬を。
わたしの前を刹那に駆け抜けていった、恋の面影を。
どうしてか。どうしてか。
#刹那