僕は言葉にできない苦しみの中で生きている。
もう少しで死ねたのに。
周りの人から否定され、拒絶され、苦しかった。
今でも思い出す。
何もかもが敵だったあの日々。
味方なんかいなかった。
ただただ苦しさと辛さと。
それまでの僕の心の支えもなくなっていた。
生きていては駄目だと幻聴も聞こえた。
死のうとした。
朝起きた時に、なぜ死ねなかったのかと自問する日々。
一生癒えない傷になった。
心は前より脆くなった。
身体にも傷が残った。
それを一生抱えて生きていかなければならない。
苦しい。
将来を考えると今も消えてしまいたくなる。
今を生きている僕は前よりはマシなのだろうか。
本当は生きていたくない。
でも、もう誰にも言えない。
まさかもう一度春を迎えられるなんて思ってもなかった。
言葉にできないこの思いと、
言葉にできない苦しみを抱えて、
僕はもう少しだけ生きていかなければならないらしい。
───春爛漫の候、お元気にお過ごしかと思います。
貴方がそばにいない春。
貴方への手紙に僕は何を書こう。
僕は大学進学と同時に、県外に引越した。
そして、貴方は転勤となった。
僕も貴方も、
一緒に過ごしたあの場所にはいない。
僕らが出会ったのは、3年前の春。
校庭には満開の桜。
親密な関係になったのはそれから1年後。
僕らの接点は少なかったけど、僕は貴方が好きだった。
貴方と過ごしたあの場所は、
僕にとってはかけがえのない宝物。
満開の桜が見えるあの場所。
蝉の声が響き渡るあの場所。
鈴虫の鳴き声が聞こえたあの場所。
雪がうっすらと積もる校庭が見えるあの場所。
貴方にとっては、
なんの思い出も無いかもしれないけれど、
僕にとってはひとつひとつが思い出。
大好きな貴方と一緒の時を過ごせたあの場所。
そしてもう1つ。
僕は貴方のそばにいるのが好きだった。
もう一度、貴方に会いたい。
そんなことを書いてもいいのだろうか。
迷いながら筆を進める。
最後のひと文。
相応しい言葉では無いかもしれないが、
書かずにはいられなかった。
───貴方の笑顔が春爛漫のようでありますように。
僕は朔が好きだ。
僕は月が嫌いだ。
折角の漆黒の夜に明かりを灯す、あの月が嫌いだ。
だから、僕は、月光がない朔が好き。
僕は、自分の名前が嫌いだ。
“朧”
龍から、すぐれた人になるように。
月から、優しい光で包み込むような人になること。
僕の名前の由来。
馬鹿げているだろう?
朧には、月が曇ってぼんやりしたさま、だとか、物の姿がかすんではっきりしないさま、という意味がある。
僕は、一生、曇っているんだと、この名前から突きつけられるような気がする。
だから、僕は僕の名前が嫌い。
そして、月も嫌い。
曇っている月なら、無い方がいい。
僕の名前を決めていいのならば、朔がいい。
月のように優しい光で包み込めるような人でもない。
龍のように優れている訳でもない。
じゃあ、僕は一体何者なのだろう?
僕は誰よりも、ずっと、月が嫌いだ。
そして、誰よりも、ずっと。朔を待ち望んでいる。
僕がこの世に生まれてきた理由はなんだろう。
僕の頭の中に考えが駆け巡る。
でも、いつも決まってひとつの答えにたどり着く。
───死ぬため。
そう、僕は死ぬためにこの世に生まれてきた。次の誕生日に死ぬつもり。
去年も同じことを考えています生きていた。
去年も、“次の誕生日に死ぬ”って。でも死ねなかった。
本当は18歳の誕生日の日に、勝手に死んでいくんだと思っていた。
でも、18歳の誕生日を迎えてからもう2回、誕生日を迎えた。
勝手に死んでいくこともなかったし、病気で余命宣告を受けることもなかった。
自殺も考えたけど、勇気が足りなかった。
自殺する人に尊敬の念を抱くことも多い。
僕は弱い。
だから、ずっと生きている。
きっと、これからも、ずっと。
死ぬために僕は生きていくんだ。
チームの前キャプテンであり、僕の憧れでもある先輩は僕を海に連れ出した。
「お前がいてくれたからここまで来れた。」
「本当にありがとう。」
───違う、僕がいたから負けたんだ。
僕さえいなければ、優勝できたのに。
僕は昨日の試合の大一番でミスをし、チーム初の全国優勝を逃した。
嫌な考えが頭を巡る。
試合から1日経っても同じ考えしか頭に浮かばない。
夕方4時頃。
先輩は僕の家にやってきた。先輩は強引に僕を外に連れ出し、車に乗せた。しばらくして着いたそこは、海だった。先輩は堤防に腰掛けた。
「なぁ。昨日の試合見てたぞ。」
───もう、思い出させないでくれ。
「お前はよく頑張った。」
「俺はいい加減だったから、俺のあとのキャプテンは大変だっただろ。ごめんな。でも、ありがとう。あんな景色を見せてくれて。」
僕の頬を涙が流れる。
「みんなにとっては、頼りになるキャプテンだろうけど、俺にとってはいつまでも可愛い後輩だからな。もっと甘えろ、先輩の俺に。」
前が見えない。
苦しい。
先輩は僕を抱き寄せた。先輩はそれ以上何も言わなかった。先輩の胸の中は温かかった。苦しい鎖が解けていく。僕の背中を摩る先輩の手が、ひどく落ち着く。
「ごめんなさい。」
「大丈夫。全部吐き出せ。」
僕の頭の中に昨日の試合が鮮明に蘇る。体育館の匂い、ボールをつく音、シューズの擦れる音。監督の声、声援。時が戻る。高揚感も、焦りも、苦しさも。
「辛かったな、全部背負わされて。」
嗚咽が混じる。
「大丈夫。大丈夫。お前を責めるやつなんかいない。」
夕日が沈んでいく。いつまで経ってもこの傷は癒えることはないだろう。だけど、ほんの少しだけ。吐き出した分だけ、心が軽くなっていく気がした。