NoName

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12/2/2024, 10:20:01 PM

 この行動に意味があるのかと言われたら、きっと答えられない。けれど、動かずにはいられなかった。
 君と喧嘩をしたあの日と同じ色をした空を否定するみたいに、いつもは着ない真っ赤なスカートを翻す。息が切れて、喉に焼けるような痛みが走る。足は、止まらない。
 「はあ、はあ、はあ……」
苦しさに視界が揺れる。君が行ってしまうまで、あと10分。きっと今の私は、メロスなんかよりもずっと速い。
 君が引っ越してしまうことが嫌だった。直前まで教えてもらえなかったのが嫌だった。でも、それを許せなくて当たってしまった自分が、何よりも嫌で、許せない。
 「まに……あえっ」
いつもの公園を曲がり、部活で賑わう学校を通り抜け、大通りの商店街を駆け抜けると、駅が見えてきた。ホームに駆け込み、君の姿を探す。東京行きの1番ホームは、今日に限って人で溢れている。
 ―間もなく、1番線列車が参ります―
アナウンスが鳴り響き、車輪の音が聞こえ始めた。間に合わない。絶望にも似た感情が胸に広がる。このまま、離ればなれになってしまうのか。
 ぽたり、頬を伝う感触に、無性に悔しくなった。いっそこの電車に飛び乗ってしまおうか。そう、頭では思うものの、体はてんで動く気配がない。酷く、惨めだ。
 「――?」
名を呼ぶ声に顔をあげると、心配そうな、驚いたような微妙な表情の君と目が合った。

11/5/2024, 12:54:11 PM

 それは、例えるなら絶望の先に見た希望だとか、伸ばした手にわずかに触れるものだとか、突然現れた活路だとか、そんなどこにでもあるようで、どこにもない夢物語。


 灰色に染まる世界に取り残された身体を持ち上げて、暗い思考を叩き落とす。ただ決められた道を歩き続ける自分がどうしようもなく惨めで、だからといって道を外れる度胸も気力もない。きっと自分は、単なる歯車としてこの世に生を受けたに違いない。
 色のない桜が舞って、ノリのきいた制服を撫ぜる。ぼやけた辺りの喧噪がやけに大きく響いている。忙しなく動き回る人混みが、酷く鬱陶しい。
 舌を打つ。瞬間、背中に届く衝撃。バランスを崩して倒れ込んだ身体に、小さな影が落ちる。
 そこにいたのは、天使のような少女だった。柔らかな髪が、暖かな色を纏って揺れている。煌めく宝石の瞳に、墨を溢したみたいな自分の姿が反射した。
 それは、例えるなら暗闇に一筋の光が差し込むような、夢物語の一幕みたいな瞬間。

 たった一滴の色と共に、高校生活の幕が開けた。