学校の帰り道に、突然空に現れた灰色の雲。
大粒の雨粒が落ちてきて、ザー!っと一瞬で本降りになった。
私は急いで持っていた傘をさす。
最近いつ雨が降るか分からないから、毎日持ち歩いているのだ。
濡れたアスファルトから、雨の香りがする。
この香りを嗅ぐと、あの日を思い出してしまう。
お母さんが……死んだ日のことを。
十年前、お母さんは歩いて私を迎えに幼稚園へ向かう途中、車に轢かれた。
お母さんは即死で、車を運転していた人は居眠り運転をしていたらしい。
幼稚園児だった私は、お母さんが死んだことを理解するのに時間が掛かった。
だって、病院のベッドで寝ていたお母さんの顔は綺麗で、すぐに目を覚ますと思ったから。
お母さんはもう目を覚まさないと言われた私は病院を飛び出して、雨に打たれながら泣いた。
それからしばらく幼稚園に行けず、家でずっと泣いてたっけ……。
思い出している間に、私は泣いていたのか、頬に涙が通った跡がある。
雨、早く止んでほしいな……。
雨は私のことなんかお構い無く、ずっと降り続けた。
悪臭漂う薄暗くて窓のない密室。
床には、かつて恋人だった男達の干からびた遺体が転がっている。
今日も、新しい男の遺体を引きずってきた。
男って、なんで浮気するのだろう?
好き、愛してると言っておきながら、私以外の女に手を出しているなんて信じられない。
男の小指に巻かれている赤い糸を、ハサミでチョキンと切る。
これは恋人の証として結んだ糸で、私にしか見えない。
結んだ時は真っ白だったが、浮気をするたびに血を吸い取ったから、赤く染まったのだ。
男を掴み、密室へ放り込む。
はあ……次こそは、まともな男と付き合いたいな。
密室のドアを閉め、合コン会場へ向かった。
段ボールだらけの会社の倉庫。
棚の上にある段ボールを取ってほしいと、部下の女性達に頼まれ、俺は段ボールに向かって両手を伸ばしていた。
届かないのに、俺は何をしているんだろう?
いや、ここで段ボールを取ってあげて、俺の評価を上げたい。
なぜなら、部下達が俺の影口を言っていたのを何度か聞いたからだ。
「課長いつも偉そうだよね」
「態度だけじゃなく横幅も大きいくせにね」
「私と話す時なんか鼻息荒いよ?」
「え~きも~い。距離とって話そ~っと」
思い出すだけでも、心が痛くなる。
だから俺は、なんとしても段ボールを取って部下達にいい所を見せる!
「課長!頑張って!」
「もう少しです!課長!」
「ファイト~かちょ~」
部下達の声援が力になり、段ボールを両手で掴んだ。
「よし!取れた……うっ!」
段ボールが取れたと同時に、腰に痛みが走る。
部下達にバレぬよう、何食わぬ顔で段ボールを渡す。
「課長ありがとうございます!」
「やるじゃ~ん、かちょ~。ちょっと見直したよ」
「課長、すごい汗ですけど大丈夫ですか?」
「あ、ああ……大丈夫だ。悪いが先に戻っててくれないか?俺はもう少しここで探し物があるから」
「分かりました。では、お先に」
部下達は倉庫から出ていき、俺一人だけになる。
「評価を上げるのは……大変だな……」
俺は歯を食いしばりながら、痛めた腰をさすった。
木の根っこのように沢山別れている道。
僕は、主の脳の中に住んでいる。
主が思い出したい記憶を探し、思い出させるのが、記憶の冒険者である僕の役目だ。
記憶の地図を持っているので、どの記憶がどこにあるか大体把握している。
だからといって、主は僕に頼ってばかりなので、たまには自分で探してほしい。
さて、今日も主に頼まれた記憶を探しに行くか。
えーと……探す記憶は……。
“昨日の晩御飯は何を食べたか“
それぐらい自分で思い出せよっ!!!
主の脳内で文句を言いながら、昨日の記憶の道へ向かった。
シンと静まり返った実家の台所。
食器棚には、大量の皿とコップが並んでいる。
実家に親父が一人で住んでいたが、先日亡くなった。
俺は遺品整理のために来たけど、物が多くてどうしようか悩む。
皿とコップは家にあるし、処分でいいか……。
ふとテーブルの上を見ると、二つのマグカップが寄り添うように置かれていた。
ピンクのマグカップと、ブルーのマグカップ。
母さんと親父のマグカップだ。
よく二人でコーヒーを飲んでいたことを思い出す。
多分、親父は先に亡くなった母さんのマグカップを、母さんが座っていた席に置いて、一人でコーヒーを飲んでいたんだと思う。
そう思うと……少し切ない。
この二つのマグカップは持って帰ることにした。
持ち帰った母さんと親父のマグカップは、今では花瓶代わりにしている。
並んだ二つのマグカップには綺麗な花が咲いていて、寄り添いながらこっちを見ていた。