退勤ラッシュで人が多い地下鉄の長い通路。
壁に、ドラマの宣伝ポスターがデカデカと貼られていた。
白い文字で“恋か、愛か、それとも“と、キャッチフレーズが書かれている。
ポスターには見つめ合ってる男女が映ってるから、多分恋愛ドラマだろう。
俺が、それとものあとに言葉を入れるとしたら……“金か“だな。
最初は金目的で近づく二人だが、次第に惹かれ合っていく。
最終回では愛か金か、どっちか選ぶことになるんだろうな。
恋はどっかにいったけど……まぁ、いいか。
今日から始まるドラマみたいだし、見てみることにしよう。
夜、ドラマが始まり、オープニングで正方形のマットの周囲にロープが張られたリングが映る。
「俺は恋も愛もいらねぇ!女だろうが容赦しない。顔にパンチを打ち込んでやる!勝利こそが全てだ!」
恋愛を捨てた主人公の熱血ボクシングドラマだった。
たいようのひかりがまぶしいそら。
となりには、いもうとがブランコをこいでいる。
おやが、さいこんっていうのをして、ぼくたちはきょうだいになった。
「おにいちゃん!これからずっといっしょだよ!やくそくだよ!」
たいようのような、げんきいっぱいないもうと。
やくそくなんてしなくても、ぼくは、いもうとといっしょにいるつもりだった。
俺と妹は高校生になり、お互い異性として意識し始めた頃。
父さんと母さんは離婚することになった。
しょっちゅう喧嘩してたし、時間の問題だったかもしれない。
俺と妹は兄妹ではなくなり、一緒に住めなくなったが、高校は同じなので会うことは出来る。
休み時間に話したり、一緒に寄り道しながら帰ったりして、妹との高校生活を過ごす。
俺は妹を異性として、更に強く意識するようになった。
高校卒業後、俺はすぐに就職した。
二人で暮らしていけるように、ずっと一緒に居るために。
父さんとおばさんには反対されると思ったけど、俺達の関係に気づいていたらしい。
だから、すぐに認めてくれた。
「これからもずっと一緒だよ!約束だよ!」
太陽のような、元気いっぱいな彼女。
だけど、少しだけ不安げな曇り顔をしている。
「約束なんてしなくても、俺はずっと君のそばにいる。絶対に離れないから」
「うんっ!ありがとう!大好き!」
彼女の顔がパァっと明るくなり、快晴になる。
俺は彼女の笑顔を浴びて、自然と笑みが溢れていた。
雨が降り始め、だんだんと濡れていくアスファルト。
持っていた傘を、空に向かってさす。
外から見ると、普通の赤い傘だけど、中から見ると透明になっている。
雨が降っている空を見たくて、特別に作ってもらった。
それならビニール傘でいいのにって思うでしょ?
まぁ……その……見上げてる顔を見られたくなくて……。
だから、外からは中が見えないようにしてもらったのだ。
このことは誰にも言わないでね?恥ずかしいから。
雨粒が傘に当たる音をBGMにしながら、傘越しから空を見上げ、雨を満喫した。
突然降った雨で、びしょびしょになった学校の帰り道。
傘を持ってくるのを忘れたから、どうしようと思っていたけど、帰る時に止んでくれてよかった。
今日の星座占いが一位だったおかげかな……なんてね。
たまたま、運がよかったのだろう。
水溜まりを覗き込むと、私と一緒に太陽が覗き込んでいる。
しばらく太陽とにらめっこしてから、顔を上げ、再び家へ向かって歩く。
空には「俺もいるぞ」と、大きな虹が主張していた。
屋上のフェンス越しから見える網々の太陽。
運動場では、部活動に励む声が聞こえてくる
一生懸命やっている姿が、俺には眩しく見えるぜ。
「立入禁止の屋上でなにやってるんだ?不良高校生の伊藤」
そう言いながら俺の横に現れたのは、同じクラスの神取。
超有名企業の社長の息子だ。
「そういうお前もここに来てるじゃないか。お坊ちゃんの神取」
「ふっ、そうだな」
神取は鼻で笑い、俺のツッコミを華麗にかわす。
「てか、迎え来てるんじゃないのか?」
神取は毎日車で送り向かいしてもらっている。
登下校疲れずに済むから、羨ましいなっていつも思う。
「今日は歩いて帰りたい気分でな。先に帰ってもらった」
「ふ~ん。でも神取はいいよな。車で送り向かいしてもらって、しかも金持ちだから色々出来て苦労しないだろ。俺なんて、ふつ~の高校生だから金はあんまりないし、生まれた場所が違うだけでこんなに変わるんだな。俺は人生負け組だよ」
「……いや、それは違うぞ伊藤」
珍しく、神取が反論してきた。
「金持ちだからって、色々出来る訳じゃない。逆に出来ないんだ。僕は跡取りとして、父さんみたいになるために、勉強、習い事、会社の視察……毎日びっしりとスケジュールが組まれている。僕は普通の高校生の伊藤が羨ましい。君は負け組なんかじゃない」
「そ、そうか……」
こんなに喋る神取、初めて見たぞ。
しかも俺が羨ましい……か。
神取は神取で色々苦労してるんだな。
「……」
それから会話がなくなり、少し重苦しい空気が流れる。
神取の事情を知らず、悪いことを言ってしまった。
こういう時は……そうだな。
「神取、このあと時間あるか?」
「ん?ああ、少しなら」
「よし、じゃあ商店街にあるハンバーガー屋に行くか」
「なんでまたハンバーガー屋なんだ?」
「ふつ~の高校生がすることだからだよ」
「ふっ、そうか。分かった、じゃあ僕が奢る」
「いや、今日は俺が奢るから」
「君は金がないんじゃ……」
「それぐらいあるわっ!」
学校の帰りに、同じ所へ行って同じものを食べる。
これで、お互い平等。
生まれた場所が違っても、同じ所へ行けるなら、案外人生に勝ち負けなんてないかもしれない。
「そうと決まれば早く行こうぜ」
「せ、背中を押さないでくれ」
俺は神取の背中を押して校内に戻り、二人で同じ階段を下りた。