空を舞う、ひとひらの花びら。
身軽な花びらは、あっちへ行ったり、こっちへ来たり、風にもて遊ばれている。
強風が吹き、花びらはどこかへ飛んでいき、見失ってしまった。
私が死んで天国へ行くときも、あんな感じなのだろうか?
いずれ私は、あの花びらのことを忘れてしまうだろう。
同じように…皆の記憶から、私の存在が消えていくのだろうか?
そう思うと、少し寂しい。
「捕まえた!」
ジャンプして、何かをキャッチした私の彼氏。
「この花びらをずーーっと目で追いかけてからさ。嫉妬して捕まえちゃったよ」
彼氏は照れた顔で手のひらを広げ、捕まえた花びらを私に見せる。
彼氏の可愛らしい姿を見て、さっきまでの嫌な考え事が頭の中から出ていき、風と共に飛んでいった。
万年使える卓上の日めくりカレンダー。
めくるたびに、新しい一日が始まる。
いつも通っている道から見る風景は、同じように見えて、毎日少し違う。
よーく見ると、新しい発見が必ず見つかるはずだ。
空の色や天気の機嫌によって、また別の風景に変化する。
雨が嫌いな人も、風景を楽しんで色んな見方をすると、印象が変わるかもしれないよ?
通り慣れた道を、今日も歩く。
私は、今日しか見れない当たり前な風景を、目に焼きつけた。
目の前に居るのは、僕。
まるで鏡に映したかのように、僕と瓜二つだ。
「君は、誰?」
「僕は、君だよ」
「え?僕は僕だよ?」
「僕は別の世界線から来たんだ。まぁ、君に言っても分からないか」
「君は僕なんでしょ?だったら分かるはずだよ!」
「あれこれ言ってる暇はないんだ。急がないと僕は消えてしまう」
「えっ?それってどういう……」
あれ?身体が動かない。指一本も、動かせない。
な、なんで?
目の前の僕が、僕の中へ入ってくる。
押し出されるように、僕は自分の身体から追い出された。
「よし、上手くいった。悪いな、別の世界線の僕。僕が居た世界線では、すごくつまらない人生を過ごしてしまってな……。ここの世界線の僕は楽しい人生を過ごしていたから、身体を乗っ取らせてもらったよ。代わりに楽しい人生を過ごすから、安心してくれ。じゃあな」
そう言って、僕ではない僕が歩いていく。
僕は動くことが出来ず、見ていることしか出来なかった。
懐かしい名前がずらっと並んだ連絡先。
高校を卒業してから十年経つ。
いや、もうそんなに経ったのか。
成人してから、時間が進むのが一気に早くなったような気がする。
中学の友達や高校の友達は元気だろうか?
連絡……してみようかな。
メール機能を使うなんて、何年ぶりだろう。
数人にメールを送信したが、数秒でメールが戻ってくる。
……そりゃ、そうだよな。
登録しているのはメールアドレスだけで、電話番号は登録していない。
電話番号も聞いておけばよかったと、今になって思う。
「ま、縁があればまたいつか会うさ」
いつ再会するか分からない友に別れを告げ、連絡先を削除した。
居間で寝転びながらタブレットを見ている小学生一年の妹。
何を見ているのか後ろから覗くと、タブレットの画面にはウェディングドレスが映っていた。
結婚に憧れるには早すぎるぞ、妹よ。
妹から離れ、ソファーに座り、テーブルの上に置いてあった炭酸ジュースを飲む。
喉に通る炭酸のシュワシュワが気持ちいい。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「私が大人になって、まだお兄ちゃんが結婚してなかったら、私が結婚してあげるねっ!」
「げっほ!げっほ!ア“ァ“ァ“」
妹が変なことを言うから、咳と同時にゲップが出てしまった。
「こんな兄と結婚したいだなんて、お前は変わり者だな」
「だって、お兄ちゃん彼女いなさそうだし可哀想だもんっ」
「……ははは」
「十年後に期待しててねっ!」
キラキラな笑顔で妹は言った。
十年後か……。
それまでに、妹のためにも、頑張って彼女を作ろうと心の中で誓った。