黒板に書いた、雲りと曇りのチョーク文字。
放課後、クラスメイトが帰った誰もいない教室で、俺は女子と二人で個人授業をしていた。
「はーい、先生!」
一番前に座っている女子が手をあげた。
「なんだね、ダメ子くん」
「ダメ子じゃないよ!咲恵子だもん!」
頬を膨らませ、子供のように怒る咲恵子。
俺の幼馴染みだ。
「じゃあ咲恵子、なんだね?」
「どっちも同じくもりだけど、何が違うの?」
「うむ、科学的に言うと……」
俺は眼鏡をかけていないが、くいくいっと眼鏡を動かす動作をする。
「先生、鼻がかゆいの?」
……かっこつけて損した。
「まぁ、咲恵子に分かりやすく言うと、空にポツポツと雲があるのが雲りで、空に雲が覆われているのが曇りだ」
「どっちがどっちのこと?」
「……」
口だけで説明したから、伝わらなかったか。
俺は教卓に肘をつき、頭を抱える。
「……ごめんね。和輝」
咲恵子は申し訳なさそうな雲り顔をした。
「なんで謝るんだよ」
「私が学校に行きたいって言ったから」
「お前は悪くないよ」
「授業受けたいって無茶振りしたから……」
咲恵子は身体が弱く、学校にあまり通えていない。
そのせいか、学校へ行くこと自体が怖くなってしまったようだ。
でも、今日は学校に行きたいって言ったから、俺は咲恵子を誰もいない放課後に連れて来て、俺が先生役をしている。
「だから、ごめんね。和輝」
雲り顔から、雨の顔になりそうな咲恵子。
俺は咲恵子をそんな顔にするために、学校へ連れてきたんじゃない。
「よーし!今日の授業は自習だ!」
俺は教卓から離れ、咲恵子の隣の席に座った。
「和輝?」
「先生は用事でいなくなったから。今から俺も咲恵子と同じ生徒だ」
「う、うん」
「よーし、咲恵子。遊ぼうぜ!」
「だ、駄目だよ和輝。ちゃんと勉強しないと」
「咲恵子は優等生だな。こうしてクラスメイトと交流するのも大事なんだぞ」
「うん……」
今、咲恵子に必要なのは授業よりも……。
「俺がここのクラスメイトの役をしてやろう」
クラスメイトと交流することだと思う。
俺はクラスメイトの特徴を思い出しながら、席を移動して真似をする。
咲恵子が、また学校へ来たいって思ってくれるように。
咲恵子が、友達が欲しいと思ってくれるように。
「和輝、本当にそんな子いるの?」
咲恵子は笑いながら俺に言った。
「ああ、実在するぞ。そいつは面白い奴なんだ」
学校の楽しい思い出を、咲恵子の記憶に残してやりたい。
「俺のクラスはいい奴ばかりだ。まぁ、担任は少し癖があるけどな」
「ふふ、毎日楽しそう。でも……」
「でも?」
「和輝もいるから、もっと楽しいだろうね」
「そ、そうかな」
「うん!」
咲恵子は、雲り顔から晴れた太陽の顔になっていた。
「俺もさ……」
「うん?」
「いや!なんでもない!暗くなってきたから、そろそろ帰るぞ!」
「えー!なにを言おうとしたの?」
「なんでもねぇよ!」
咲恵子がクラスに居たら、きっと、もっと毎日楽しいだろうなと思った。
スマホの画面に映る、別れ話のやりとりメッセージ。
彼女と付き合って三年経つ。
だが、小さなすれ違いが、だんだんと大きくなっていき、俺達は別れることになった。
「じゃあね」
彼女からの別れメッセージを見て、俺も別れメッセージを打つ。
「bye bye……」
これで、俺達の関係は終わりだ。
「……はぁ」
スマホの画面を消し、ベッドの上へ放り投げた。
ピローン♪
スマホから通知音が鳴る。
誰からだろうと思い、スマホの画面をつけると、元カノからメッセージが届いていた。
……なんで?
今さっき、別れたはずなのに。
「なんで英語なのよ」
「いや、英語のほうがかっこいいからさ」
「かっこつけずに普通にバイバイしなさいよ」
「じゃあ……バイバイ」
「もう遅ーい」
「そんなこと言われても、じゃあどうしろと」
「んー、どうしてもらおっかな」
「あのな……」
メッセージのやり直しが何度も続き、俺達は再び付き合うことになった。
彼女は、本当は別れるのが嫌だったらしい。
実はというと、俺もだ。
別れたくなかったけど、お互い意地を張っていたのだろう。
これからは変な意地を張らず、大切な人にはちゃんと向き合おうと思った。
わたあめのようなふわふわの雲が浮かぶ青い空。
「見て!あの雲!わたあめみたい!」
「ああ、でかくて美味しそうだな」
俺は寝転びながら、彼女は隣で座りながら、空を見ている。
彼女が雲のことをわたあめと言っているのを聞いてから、俺も雲をわたあめと言うようになってしまった。
すっかり、彼女に影響を受けてしまっている。
いや、それほど俺は……彼女のことが好きなのだ。
今まで空を見てもなんとも思わなかったのに、彼女と一緒に見る空は、いつもと違って見える。
いつまでも、こうしていたいな……。
「どうしたの?ぼぉーっとしちゃって」
彼女は、俺の顔を覗き込みながら言った。
「いや、その……なんでもない」
「なーに?顔赤くしちゃって、このこの~」
彼女に、頬を指でつんつんされる。
これからも、こうして二人で色んな景色を見たい。
「君と二人でさ、これからも色んな景色を見たいなって」
……しまった。思っていたことが、そのまま口から出てしまった。
「うん、私もそう思ってるよ。そう言ってくれて、嬉しい……」
どうやら、結果オーライだったようだ。
俺は両手で彼女の顔を包み、そのまま引き寄せて、キスをした。
たくさんのひとがあるいていて、めがまわりそうな、おおきいデパート。
さっきまでおかあさんと、おとうさんと、おにいちゃんといっしょだったけど、たんけんしていたら、わたしだけになっちゃった。
みんな、どこにいるのだろう?
まわりにいるのは、しらないひとばっかりで、すこしこわい。
「うぅ……おにいちゃん……」
かなしくなってきて、したをむく。
ゆかが、だんだんぐにゃぐにゃになってきた。
「あっ!いたいた!こんな所にいたのか!」
まえから、おにいちゃんのこえがきこえてくる。
かおをあげると、目の前でおにいちゃんが、ぜぇぜぇいいながらたっていた。
「はぁ……はぁ……はぁぁ……つっかれたー」
「おにいちゃんっ!」
おにいちゃんのズボンに、しがみつく。
わたしのために、つかれるまで、いっしょうけんめいさがしてくれていたんだ。
「離れるなって言っただろ?まったく……」
「ごめんなさい……」
「反省してるなら良し。ここは人が多いし、怖くて泣いてたんじゃないか?」
「な、ないてないもんっ!」
「はは、そっか。ヨシヨシ」
おにいちゃんは、わたしのあたまをやさしくなでてくれた。
さっきまでこわかったきもちが、だんだんとなくなっていく。
「あっちで母さんと父さんがいるから、さっ、行こ」
「うんっ!」
わたしはおにいちゃんといっしょに、てをつなぎながら、おかあさんとおとうさんのところへむかう。
おにいちゃんは、わたしがころばないように、わたしにあわせてゆっくりあるいてくれたことが、すごくうれしかった。
あれから、十年後。
「こんな所にいたのか。お前は相変わらず風船のようにどこかへ飛んでいくやつだな」
「ごめんなさい……でも、お兄ちゃんはいつも探しに来てくれるよね。小さい頃から」
「まぁ……お前は妹だからな」
少し照れくさそうにしているお兄ちゃんが、少し可愛い。
「ありがとお兄ちゃん、お母さんとお父さんの所へ行こっ!」
私はお兄ちゃんの手を握り、お兄ちゃんを引っ張る。
「お、おいっ!もう手を繋ぐ歳じゃないだろう俺達は」
「兄妹だからいいのっ!」
「ったく……しょうがないなぁ」
なんだかんだ言いながらも、お兄ちゃんは手を握り返してくれる。
「そんな優しいお兄ちゃん、好きだよ」
「ん?なんか言ったか?」
「んーん!なーんにもっ!」
私はお兄ちゃんと手を繋ぎながら、お母さんとお父さんの所へ向かう。
お兄ちゃんは昔と変わらず、私の歩幅に合わせて歩いてくれた。
赤色灯がチカチカ点滅し、サイレンの音が響き渡る大渋滞の車道。
どうやら、事故があったらしい。
パトカーや救急車が止まっていて、人だかりが出来ている。
さっき通った時は、事故は起きていなかった。
もし、タイミングが悪かったら……と思うと、ゾッとする。
それにしても、どこにもあいつはいないじゃないか。
忘れ物をしたと言い、取りに戻った友達。
電話しながら探しているが、どこにもいない。
「なぁ、どこにいるんだよ?まさかあの人だかりに混ざってないよな?」
「ここだよ、ここ」
「どこだよ」
「上」
「上?」
見上げると、歩道橋があり、橋の真ん中で誰かが手を振っている。
「なんだそこにいたのか……ん?」
手を振っているのは友達だったが、頭から血を流し、服が赤く染まっていた。
俺は急いで歩道橋の階段を駆け上がり、友達の元へ向かう。
だが、橋の上には、誰もいなかった。
「おい!どこにいるんだよ!」
電話はいつの間にか切れていて、ツーツー音だけが虚しく鳴り続く。
「どこ行ったんだよあいつ……」
橋から下を覗くと見えたのは、頭から血を流しながら車道で倒れている友達。
警察の話によると、友達は事故に遭い、即死だったらしい。
……じゃあ、俺と電話してた、手を振っていたあいつは……誰だったんだ?