見ているだけで吸い込まれそうになる透明な水晶。
この水晶は、人の心を透明にすることが出来ると魔女が言っていた。
僕はこれを使って、いつも意地悪してくるいじめっ子達と、小言がうるさいお母さんの心を透明にしてやるんだ。
心が汚れてるから僕に意地悪したり、うるさく小言を言ってくるのだと思う。
いじめっ子達を家に招待して、お母さんがお菓子とジュースを持ってきた時に、全員まとめて水晶で心を透明にしてやった。
水晶を覗くと、黒・白・青・赤が混ざった物がぐにゃぐにゃしている。
心が透明になったいじめっ子とお母さんの顔は、無表情だった。
動くことなく、人形のようにじっとしている。
……そっか。
心が透明になるというのは、感情が無くなって、無になるってことだったんだ。
水晶を床に叩きつけて割ったが、いじめっ子達とお母さんは元に戻らなかった。
句点を打ち、一段落する物語。
そして、また初まる。
……初まる?
文字入力ミスで、始まるが初まるになってしまった。
思わず「ぷっ」と笑ってしまう。
長いプロットを長時間書いていて、疲れていたのかもしれない。
ここ数ヶ月、なんというか、物語を楽しく書いているのではなく、義務感で書いていた気がする。
……こんなことでは駄目だよな。
ただただ書くのではなく、自分が楽しんで書かないと、読者が離れていってしまうだろう。
今まで書いたプロットを全て消し、新たな自分と、新たな物語が初まった。
雨をザーザー降らす厄介な雨雲。
仕事の帰り道に星空を見るのが日課なのに、神様が意地悪をして見せてくれない。
おまけに傘をさしているから、空を見るのは困難だ。
横断歩道を渡ろうとすると、信号機が点滅した。
渡るのを止めて、青になるまで待つ。
「はぁ……」
思わず溜め息が出る。
雨が降ってるし、信号機が赤になるし、色々タイミングが悪い。
仕事でも嫌なことがあったし、余計に気分が下がってしまう。
「……ん?」
どこかから、聞き覚えのある音楽が聞こえてくる。
見上げると、横断歩道を渡った先にあるビルの大型ビジョンに、女性グループが歌っているMVが流れていた。
あの女性グループは確か……。
俺が学生の頃、ネットで活動していた子達だ。
『いつか、皆に寄り添って、皆の力になれるアイドルになりたいです!』
配信で、夢を熱く語っていたことを思い出す。
そうか……メジャーデビューしたんだ。
横断歩道の信号機が青になっても、俺は渡らずにMVを見ていた。
あんなに鬱陶しかった雨音は、彼女達の歌声で上書きされる。
彼女達は、星空のようにキラキラと輝いていた。
真っ白な天井が広がる狭い室内。
今、もし願いが一つ叶うならば、時を戻してほしい。
……いや、またあの苦しみを味わうことになるから、やっぱり時を戻すのはなしだ。
そうだな……いっそのこと、ここに居る人達がいなくなればいい。
そうすれば、ここから出れる。
だが、人の気配は消えることなく、足音は止まない。
そういえば今は通勤ラッシュか……くそっ!
格好つけるのはやめだ!俺の願いは、ただ一つ。
トイレットペーパーをくれーーー!!!
俺は便座に座りながら、天井に向かって心の中で叫んだ。
真っ暗の自室内で光るスマホの画面。
時刻を見ると、二時を過ぎていた。
「鳴呼……」
思わず声が漏れる。
また、やってしまった。
明日……いや、もう月曜日で仕事なのに。
休みを終わらせたくなくて、抵抗したくて。
無駄に夜更かしをしてしまった。