出退勤時に通る、おしゃれな家が建ち並ぶ住宅地。
幼稚園・小学生の頃、この辺は草木が生えた空き地で、大きな土の山もあった。
友達と一緒に土の山に穴を掘って秘密基地を作り、沢山遊んで、すごく楽しかった記憶が残っている。
だが、中学生になる前に空き地は整地され、秘密基地も無くなってしまった。
友達との思い出が潰されたようで、すごく悲しかったな……。
それから次々と家が建っていき、いつの間にか人が住み始め、あっという間に住宅地になっていた。
小さい頃から見ていた景色が、こんなに変わってしまうんだと改めて思う。
ここにあった秘密基地は無くなってしまったけど……。
「うっす」
「今日は遅かったな」
「そうなんだよ。課長からいきなり残業しろって言われてさ……」
ネット内の俺達しか知らない秘密の場所で、愚痴ったり、一緒にゲームをしたり、今でも友達と一緒に楽しく遊んでいる。
へんなにおいがして、すごくよごれている私の部屋。
毎日つらいけど、私にはお母さんが教えてくれた歌がある。
「ラララ~♪」
今日も私は歌う。
歌っていると、お母さんといっしょにいる気持ちになるから。
「ラララ~♪」
それに、歌うと元気になるから。
お母さんはいなくなったけど、お母さんの分まで私生きるよ。
「ラララ~♪」
歌っていると、お父さんがドアをけりながら入ってきた。
歌うのやめろ?
だって、これはお母さんが教えてくれた歌だから。
「ラララ~♪」
お父さん、どうしてそんなこわい顔するの?
この歌を聞いて、笑ってよ……。
「ラ……ラ……ラ……」
お父さんに首をしめられても、私は歌い続けた。
太陽が眩しい昼の住宅街。
今日は昼まで仕事をして、半休を取った。
道に人がいなくて快適だが、その代わりに風が強い。
しかも、向かい風だ。
顔に風が当たると同時に、ぐぅ~っと腹が鳴る。
どこかに寄って食べてくればよかったな……。
くんっくんっ。
俺の心の声を聞いたのか、風がカレーの匂いを運んできた。
よその家のカレーの匂いって、どうしてこんなに美味しそうに感じるのだろう。
近くのコンビニに寄ってカレー買おうかな……。
「うっぷ!?」
前から何かが飛んできて、目の前が真っ暗になる。
くんっくんっ。
フローラルな……いい匂いだ。
肌触りが良くて、柔らかい。
これは、なんだろう?
飛んできた物を両手で掴み、顔から剥がす。
「こ、これは……」
白くて、可愛い小さいピンク色のリボンが付いた……。
「パ、パンティ!?」
思わず大声で叫んでしまった。
女性のパンツがなぜここに?
多分、洗濯して干していたが、風で飛ばされたのだろう。
このパンツ……どうしようか?
交番に届けるか?いや、自首するようなものだ。
持って帰る?いや、持って帰ってどうする!
一体どうすれば……。
「あーーー!わ、私のパンツ!」
「えっ」
若い女性が、前から走ってきた。
「ベランダに干してたのを盗んだのね!?」
「ち、ちが──」
「私のパンツを両手で掴んでる……まさか、匂いを嗅いでたんじゃ……」
「嗅いだというか、嗅がせてくれたというか……」
「な……ドスケベ!変態!痴漢!下着泥棒!」
「ち、違う!は、話を……」
「早く返せ!私のパンツ!」
誤解を解くのに、すごく時間が掛かった。
まったく……風は飛んでもない物を運んできたものだ……。
人が溢れる週末の商店街。
外国人が多いのか、あちこちから日本語以外の言葉が聞こえてくる。
ここは飲食店が多めの商店街だから、日本食を求めて来る外国人が多いのだろう。
「エクスキューズミー」
歩いていると、背が高い金髪の外国人男性に話しかけられた。
「クレ、チョン。オッケー?」
ちょん?
ちょんをくれって、変わった外国人だな……。
「おーけーおーけー。ちょん、ちょん、ちょん!」
俺は外国人男性の胸板に、人差し指で三回突っついた。
「オーマイガー。シット!」
「マイカーシート?」
「シット!」
外国人男性は、呆れた顔で両手を挙げながら去っていった。
どうやら、俺は間違えた行動をしたらしい。
英語を赤点ばかり取っている俺には、難しいミッションだった。
街灯がチカチカ光る薄暗い道。
今日も遅くまで飲んでしまった。
まったく、モテる男は辛いぜ。
足取りが少し覚束ないが、もう少しで家だ。
明日……いや、もう今日か。出勤日じゃないから、ゆっくり休むか……。
「やっと帰ってきたわね」
家の前に、女が立っていた。
「んー?誰だぁ?お前~?」
「酒くっさ……私のこと覚えてないの?」
「んーーー?」
女の顔をよく見ても、思い出せない。
誰だっけ?
多分、いつの日か店に来た女だろう。
「私と約束したでしょ」
「約束ぅ?」
「私と結婚してくれる約束よ」
「そんな約束したっけぇ?」
もしかしたら、適当に相槌を打って約束してしまったのかもしれない。
「やっぱり遊びだったのね。ホスト野郎に恋するんじゃなかった……嘘ついたから針千本飲んでもらうわよ」
女性はバッグからビニール袋を取り出した。
ジャリジャリと音が鳴っていて、袋から何本か針が出ている。
「な、なんだよそれ」
「私と結婚してくれるって指切りげんまんしたのに、嘘ついたからよ。さぁ!飲みなさい!」
「んなもん飲めるかよ!」
一気に酔いが冷め、俺は来た道を走って引き返した。