太陽が眩しい昼の住宅街。
今日は昼まで仕事をして、半休を取った。
道に人がいなくて快適だが、その代わりに風が強い。
しかも、向かい風だ。
顔に風が当たると同時に、ぐぅ~っと腹が鳴る。
どこかに寄って食べてくればよかったな……。
くんっくんっ。
俺の心の声を聞いたのか、風がカレーの匂いを運んできた。
よその家のカレーの匂いって、どうしてこんなに美味しそうに感じるのだろう。
近くのコンビニに寄ってカレー買おうかな……。
「うっぷ!?」
前から何かが飛んできて、目の前が真っ暗になる。
くんっくんっ。
フローラルな……いい匂いだ。
肌触りが良くて、柔らかい。
これは、なんだろう?
飛んできた物を両手で掴み、顔から剥がす。
「こ、これは……」
白くて、可愛い小さいピンク色のリボンが付いた……。
「パ、パンティ!?」
思わず大声で叫んでしまった。
女性のパンツがなぜここに?
多分、洗濯して干していたが、風で飛ばされたのだろう。
このパンツ……どうしようか?
交番に届けるか?いや、自首するようなものだ。
持って帰る?いや、持って帰ってどうする!
一体どうすれば……。
「あーーー!わ、私のパンツ!」
「えっ」
若い女性が、前から走ってきた。
「ベランダに干してたのを盗んだのね!?」
「ち、ちが──」
「私のパンツを両手で掴んでる……まさか、匂いを嗅いでたんじゃ……」
「嗅いだというか、嗅がせてくれたというか……」
「な……ドスケベ!変態!痴漢!下着泥棒!」
「ち、違う!は、話を……」
「早く返せ!私のパンツ!」
誤解を解くのに、すごく時間が掛かった。
まったく……風は飛んでもない物を運んできたものだ……。
人が溢れる週末の商店街。
外国人が多いのか、あちこちから日本語以外の言葉が聞こえてくる。
ここは飲食店が多めの商店街だから、日本食を求めて来る外国人が多いのだろう。
「エクスキューズミー」
歩いていると、背が高い金髪の外国人男性に話しかけられた。
「クレ、チョン。オッケー?」
ちょん?
ちょんをくれって、変わった外国人だな……。
「おーけーおーけー。ちょん、ちょん、ちょん!」
俺は外国人男性の胸板に、人差し指で三回突っついた。
「オーマイガー。シット!」
「マイカーシート?」
「シット!」
外国人男性は、呆れた顔で両手を挙げながら去っていった。
どうやら、俺は間違えた行動をしたらしい。
英語を赤点ばかり取っている俺には、難しいミッションだった。
街灯がチカチカ光る薄暗い道。
今日も遅くまで飲んでしまった。
まったく、モテる男は辛いぜ。
足取りが少し覚束ないが、もう少しで家だ。
明日……いや、もう今日か。出勤日じゃないから、ゆっくり休むか……。
「やっと帰ってきたわね」
家の前に、女が立っていた。
「んー?誰だぁ?お前~?」
「酒くっさ……私のこと覚えてないの?」
「んーーー?」
女の顔をよく見ても、思い出せない。
誰だっけ?
多分、いつの日か店に来た女だろう。
「私と約束したでしょ」
「約束ぅ?」
「私と結婚してくれる約束よ」
「そんな約束したっけぇ?」
もしかしたら、適当に相槌を打って約束してしまったのかもしれない。
「やっぱり遊びだったのね。ホスト野郎に恋するんじゃなかった……嘘ついたから針千本飲んでもらうわよ」
女性はバッグからビニール袋を取り出した。
ジャリジャリと音が鳴っていて、袋から何本か針が出ている。
「な、なんだよそれ」
「私と結婚してくれるって指切りげんまんしたのに、嘘ついたからよ。さぁ!飲みなさい!」
「んなもん飲めるかよ!」
一気に酔いが冷め、俺は来た道を走って引き返した。
桜の木がずらっと並んだ歩道。
ゆっくり見たいところだが、そんな暇はない。
登校している小学生を避けながら走る。
近くの踏切が鳴り、電車が俺の横を通過した。
電車の風圧で桜の木が揺れ、桜の花びらがひらりと舞う。
花びらが顔に当たり、走る速度が落ちる。
まさか桜の花びらに邪魔されるとは……。
ぶるぶると犬のように顔を振り、花びらを振り払う。
あの電車に乗らないと……遅刻する。
普段寝坊しないのに、こんな時に限って寝坊するなんて……。
さすがに入学式から遅刻はまずい。
もってくれよ!俺の足!
死に物狂いで、駅まで走った。
学校帰りに寄った近くの公園。
木々が芽吹き、春の準備をしている。
最近気温が一気に上がったから、すぐに開花するだろう。
散歩していると、木の下で男子学生が座って本を読んでいた。
あれは……同じクラスの竹上君だ。
胸が高鳴り、ドキドキする。
竹上君はいつも友達と一緒にいるけど、今は一人。
これは……話しかける絶好のチャンス。
だけど、ドキドキし過ぎて足が一歩も前に出ない。
心の中で「うぅー!」と唸っていると、後ろから暖かい風が吹いた。
「あっ……」
竹上君の読んでいた本のページが、ペラペラと捲れる。
「どこまで読んでたか分からなくなったぞ」
竹上君がこっちを向き、私と目が合う。
「あれ?君は……」
「あ、あのっ!竹上君っ!」
私の芽吹きが始まった瞬間だった。