【これで最後】
最後という言葉は苦手だった。
別れを連想させる最後という言葉は、私の気持ちを何度も波立たせた。
私が一人でいる時間はこれで最後。
もう少しであなたといられる時間が始まる。
また最後が来ても、また始まりがある。
そう考えたとき私は一人ではなくなったように感じた。
私が寂しいのもこれで最後だ。
【君の名前を呼んだ日】
君の名前を呼んだ日。
いつかなんて覚えていないけど、いつまでも呼ぶことができるこの日が永遠であれと私は願う。
君もそう思ってくれると嬉しい。
この世界は名前がなくても生きていけるのに、名前があってとても幸せだと感じた。
その言葉は私だけのもの。
私だけの幸せ。
【やさしい雨音】
目が覚める。
目覚ましが鳴るよりも早く。
朝の段階で既に疲れきっている身体を持ち上げる。
雨だ。
ベッドから眺め見る景色は、たいして広くもない部屋に比べ雄大だ。
ざーっと降りしきる雨は、私の頭の中みたいにうるさい。
昨日の仕事を思い出し途端に不安になるが今日は休みだ。
いつも起きる時間を知らせてくれる目覚ましを消すのすら忘れていた。
何も予定がない日は怖くなる。
休みの日でも何かしなくてはいけない。
自分がより良い社会人として活躍するために、自分のスキルをもっと磨かなくては。
ずっと怖いのだ。
歳を重ねて何もできなくなって取り残されていく私のことが。
一人前の考え方をしているだけあって、こんな風に疲れている日は本当に憂鬱になる。
「ざーっ」
屋根を伝っていく雨音を聞きながら、私の心は冷たくなる。
私はずっとこんな不安を抱えながら生きていくのだろうか。
「もっとゆっくり生きてみたら?」
そんな声が聞こえた気がする。
じゃあもっと寝るね。
私はもう一度ベットにくるまった。
「そんなあなたでも良いんじゃない。」
今日の雨は味方だ。
やさしい雨音に包まれながら、もう一度眠りに落ちた。
【透明な涙】
すーっとこぼれ落ちる涙。
悲しみにくれる表情には強さと美しさがある。
これだ、これこそが透明な涙だ。
ドラマを見ながら私は確信した。
現実の私はこうも美しい涙を流せない。
悲哀に満ちた表情に強さはなく、泣き腫らした瞼には美しさを微塵も感じさせない。
「えっぐ、えっぐ。泣」と声をつまらせ、EGGと発音しているように聞こえる様は、誰がどう見ても醜悪の権化のようである。
まあ私は人前でほとんど泣かないため、さして問題はない。
この程度のことで落ち込む私ではないのだ。
嫌なことがあるなら泣くよりも私は寝る。
zzz…。
すーっとこぼれ落ちるよだれ。
寝ぼけた表情には間抜けさと緩慢さがある。
液体が流れる部位でこうも印象が違うのか。
とぼけた私にはこれくらいがお似合いである。
鏡を見ながら私は確信した。
【あなたのもとへ】
一度会っただけのあなた。
私の人生で名前と顔しか知らないあなた。
会って少し話をするだけのあなた。
ずっと一緒にいてくれるあなた。
人生ですれ違うたくさんの人。
私と面と向かって交流できたのはどれほどの人たちだったのだろう。
私の存在はいつまでその人の記憶に留まっているのだろう。
大して会うこともなく、大して深い話もしていないあなたは私のことは忘れてしまっているだろう。
私は変な人間で、少ししか話していない人でも覚えていることがある。
なんかあの人の雰囲気が好きとか。
なんか会話の調子が合うとか。
なんかテンションが似ているとか。
なんか自然体でいられるとか。
その時はすごく楽しいし、また会いたいと思う。
どうしてそんな人ともあっという間に他人となってしまうのだろう。
こうして私の存在はその人の記憶から消えていく。
私の記憶には嫌という程残っているのに。
恋をしたとかそういうことじゃなくて、ただ人として好感が持てただけなのだ。
ふと思い返すと、多くの人の顔が浮かぶ。
でもその人たちは私の顔を思い浮かべるのだろうか。
大切にすべき人は限られている。
だから私はあなたのもとへ行くのだ。
私を他人として扱わないから。
私を私として記憶に留めてくれるから。
私もあなたを大切にしたい。