普段かけていないメガネが頬に影を落とす。
さらりと流れ落ちた前髪を耳にかけながらペンを走らせる姿になぜだか艶っぽさを感じた。
また前髪が流れ落ちた。今度はメガネのツルにかける。
西日がレンズに反射しているため見えないが、きっと真剣な眼差しをしているのだろう。
ぼんやりと目の前の彼を眺めているとペンを取り落としてしまった。
拾い上げながらふと気になった。
万有引力を発見したのは誰だったっけ
「ニュートンだよ。」
しまった、声に出てたか。
さっきまで俯いていたメガネの奥の瞳がこちらを見ている。
「集中切れちゃった?そこの計算ちょっと違うから、直したら休憩しよっか。」
指摘された問題を見直してみる。
「……全然わかんない。物理とか意味わかんないんだけど。」
「君がやってるのは物理基礎だろ?何が分からないの」
ノートを見ようと身を乗り出してきた。この人はなぜこんなにも距離感が近いんだ。思わず床に視線を落とすと自分たちの影が見えた。
あ、影が重なる。なぜだかドキリと焦ってしまう。
「わ、分からないところが分からないんだよ。」
「……あぁ、ふふ、なるほどね。」
やけにドギマギする一瞬が終わると愉快そうに笑われる。
「何笑ってんの。」
「ふふ、だって、N(ニュートン)がないんだよ。」
どういうことだろう。問題文をまじまじと見てみる。なるほど、Nを計算に入れていなかったのか。
「君、本当に物理苦手なんだ。だってそれ、中学生でやるやつじゃない?」
確かに、初歩中の初歩のミスだ。思わず顔が熱くなる。
「だからって、そんなに笑わなくてもいいのに。」
「ごめん、ごめん。お詫びに休憩中のお菓子でも買ってくるよ。」
「いや、そんなのいいのよ。」
第一、勉強を教えてもらえている自分がお礼をする立場なのに。
「僕がそうしたいんだよ。」
待ってて、と微笑むとメガネを外して教室を出ていってしまった。
なんだか甘やかされているような気がするが、これはこれで居心地がいいので困る。このままじゃダメになってしまいそうだ。
頬が熱い。勘違いしてしまいそうになる。だけど、恋に万有引力があればこの思いに説明がつくのに。そう思いながら、計算式を書き直した。
教室から購買を目指して、すれ違う教員や生徒に話しかけられつつ廊下を歩く。
馬鹿にしているように思われたかな?本当は可愛くて堪らないのに。
『僕がそうしたい』あの言葉にもちろん嘘はない。
愛おしくて大好きだから、勉強だって教えてあげるし、望むものを与えて甘やかしてあげたい。1人じゃダメになってしまえばいいとさえ思う。
だからね、早く、 俺 のところに落ちてきて。
〜落ちていく〜
君はきっと、色んな場所に行きたがるんだろうね
山に行ってスキーやスノーボードをしたり、
イルミネーションを見に行ったり、
クリスマスは大きなツリーを見上げたり、
お正月には初詣に行くんでしょ?
初売りって、何か買いたいものでもあるの?
どんと祭と節分祭にも行って、
バレンタインも楽しみ?
そうね、コタツとみかんは冬ならではだわ
そうやって、きっと君は冬を楽しむんだね
私はきっと、家から1歩も出なくなる
スキーもスノーボードもできないし、
外に飾られた光で感動するような情緒はあいにく
持ち合わせてないし、
見上げるのなんて首が疲れちゃうし、
信仰心だって大してないんだもの。
初売りも別に行かなくていいかなって感じだし、
まぁ、どんと祭は悪くないかな
あ、美味しいお菓子は期待しないでよね。
私料理下手だから
でもまぁ、コタツとみかんは最高だと思う
だって外は寒いじゃない
だからね、私のこと、連れ出してよね
〜冬になったら〜
『たとえどんなに遠く離れても、心が離れなければまた会える。』
あなたは笑顔でそう言っていたけれど、遠すぎる場所に行ってしまったらどうなるの?
離れすぎて、心がまだ繋がっているかさえ確かめられないのに、どうしたらいいの?
今あなたは私の目の前にいるはずなのに、
どうしてこんなに遠く感じるの?
どんなに問いかけたって、泣きすがったって、
冷たい石になってしまったあなたからの答えは
帰ってこない。
〜はなればなれ〜
寒くて、心細くて、声を出せずに震えていた。
周りに生き物の気配は感じなかった。
ふわふわの柔らかな何かが体を包んだ感覚と優しい音がした。なんだろう、わからないけど、なぜだか怖くはないなぁ。
「─────?」
何を意味するのかは分からないけれど、音、声がする方に顔を向ける。うーん、よく見えないや。
口を開くとピャーと、か細い声が漏れた。
プニプニしたものが開いた口に入れられる。なんだろう、これ。……あ、甘い。もっとちょうだい、もっと飲みたい。なんだか、ぽかぽかしてきた。眠たいな……。
よく見えない目を開けると、甘いのはなかったけど、お腹の辺りがあったかかった。
優しい声がずっとしていたから、すごく安心した。
ここは、あったかいな。ずっといたいな。
ふふ、喉から変な音がしてきた。
ゴーロゴーロ、グールグール。なんだか落ち着く。
「もしもし、どうしたの?母さん今から夕飯の買い物に行くところよ。……え!?子猫を拾った!?
……どうしようって、あなたねぇ……もうー、今どこにいるの?今から迎えに行くわ。獣医さんのところに行きましょう。……わかった、すぐに向かう。父さんには連絡しておくから。……うん、あったかくしてなさいよ。」
〜子猫〜
散る花あれば、咲く花あり
未だ蕾であれど、いつの日か大輪に咲き誇る
その花香は望むものを誘うか、はたまた望まざるものを引き寄せるか
いづれにせよ、神のみぞ知ること
花の命は短く、儚いのだから
無垢な乙女の振りで香を振りまいてみるのも一興、大輪を望まず堅実にひっそり咲くのもまた一興