祖母のお守りと、1人の少女に助けられた話
梅雨の時期には珍しい、よく晴れた日だった
ジリジリと熱い太陽の下、黒いアスファルトが熱を反射して焼かれる心地がした
ふいに、誰かに後ろから話しかけられた
青いワンピースの可愛らしい少女だ
「これ、落としましたよ。」
白いの手の中に収まっていたのはお守りだった
遠くに住む祖母が自分のために縫ってくれたものだ
「ありがとうございます。助かりました。」
お守りを受け取ると少女はほっとしたように笑った
まるで百合の花のように華やかだった
「いえ、すごく大切なものなんだろうなって思ったので急いで渡さなきゃって」
「じゃあ、私はこれで!」
そう言って少女は足早に前を行く
「待って、お礼を…!」
お礼をさせてください。
その言葉はつんざくような急ブレーキの音にかき消された
黒いアスファルトに横たわった青いワンピースと白い肌を、赤い血が染めていく
その様子を、祖母からもらったお守りを握りしめながら見つめることしかできなかった
それが、名前も知らない君の最期だった。
〜君と最後に会った日〜
自分の気持ちに正直に生きる
そうあれたらいいけど、なかなか難しい
他者と共存しながら生きている以上、皆が正直になったらきっと社会は崩壊する
「私、あなたのこと嫌いよ」
「あなたと一緒のグループにはなりたくない」
「ムカつく、謝ってよ。謝れってば!!」
「依存してくるのとか気持ち悪いからやめて」
「働きたくない!!」
自分のことを正直に話す
そうできたらいいけど、なかなか恥ずかしい
自分のことを話すのは苦手だし、どうしても話したくない秘密だってある
「幼い頃は体が弱くて、入院ばっかりだった」
「人にいじめられたことがある」
「人をいじめたことがある」
「私、両親が離婚してるの」
「姉がストーカー被害にあって引越しをしたんだ」
別に珍しい話じゃないんだろうけど、言いたくない
正直って、なんて難しいんだろう
〜正直〜
「月が綺麗ですね」
実に有名な構文だ。
まぁ、残念ながら君には伝わらないのだけど。
「星が綺麗ですね」
月が綺麗なのが伝わらない君に分かるわけがない。ついでに君は本当に知らないんだ、この言葉に込めた意味も、想いも。
「雨、止みませんね」
君は雨が降っていようといまいと外へ飛び出していくから、情緒もへったくれもないんだよ。
「雨音が響いていますね」
第一にそんなことを君に対して言うつもりは毛ほどもない。だけど、いつか僕がこの感情に整理をつけた日には言ってしまうのかもしれないね。
「夕日が綺麗ですね」
そう言うと、きっと君は夕日に見とれてしまうから言いたくない。
「明日は晴れますか?」
能天気な君のことだ、天気予報を見なくても絶対に晴れる!!って宣言するだろう。……天気予報を見なくてもわかる、晴れるわけがない。
「今日は少し肌寒いですね」
じゃあ体温を分けたげよう、なんて言いながら君は手を差し出してくる。意味が通じてないはずなのにほしいものをくれるのは嬉しい。けど、それはそれで癪に障る。
「暖かいですね」
まるで君みたいだ。なんてキザったらしい言葉は飲み込んだ。
「寒いですね」
本当に寒いと君は何も言わなくなるし、動きもうるさくない。縮こまっている様子が可愛いから、何度でも言いたい。寒いですねって。
「今日はとても幸せです」
そう、本当は天気の話も気温の話も別にしたい訳じゃない。ただ、きっかけがほしいだけだ。
だって本当に、幸せだから。
〜天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、〜
ジメジメと蒸し暑い日が近づいて半袖を着る人が増えてきた
例に漏れず自分も半袖を着ている
ただ、どういう訳か友人は半袖の上に黒いカーディガンを羽織っている
暑くないの?と聞くと
もちろん暑い
黒いから熱を吸収して、ことさらに暑い
それでも何か羽織りたいのだ
と返ってくる
じゃあなんで、とさらに聞くと
「なんとなく」
そうはぐらかされた
梅雨が明け、本格的な夏がやってきた
おはよう、そう言ってやってきた友人は半袖だった
「半袖だ」
「暑いからね」
半袖から見えた彼女の腕は白く、眩しかった
〜半袖〜