家から出た途端、昨日より冷たい風が緩い襟の隙間から入り込んでくる。
もう少し厚着して出てくれば良かったかな、そんな考えは陽の光を前に消え失せた。
朝の道は静かで気持ちがいい。
そんなことを考えながら、まだ眠気で締まりのない頬を風に晒すためにマスクを下げてみる。
肺いっぱいに冷たい空気を吸い込むと思わずむせてしまった。けれど、外の匂いは好きだ。
風が運ぶのは、金木犀の甘やかな香りと枯葉の香ばしい香り。それと、シンと冷たい冬の香り。
一時の秋を終えて、もうすぐ冬が来る。
〜秋風〜
中学3年
定期試験の解答用紙が返却され、夏休みが迫る頃
受験を考え始める時期だ。
「俺さ、お前のことが好きだ」
2人きりの蝉の声響く放課後の図書室で、私の幼なじみで初恋の男の子が言った。
「……まじか」
「うん、まじ。返事は後でいいから」
そう言って書庫の整理へ向かおうとする制服の袖を引き寄せた。
「私も、私も好き!」
お互い顔を真っ赤にして、夏のせいだと言いながら2人で抱きしめあった。
やっぱり蝉は鳴いていた。
夏休み
花火大会で、木に隠れてキスをした。ファーストキスは甘酸っぱいりんご飴だった。
互いの家で宿題をしたり、受験勉強をしたり、たまにゲームをしたり普段と変わらない過ごし方ではあったが、それでも特別だった。
来年も、一緒にいたい。
だから、同じ高校に行く約束をした。
私は少し勉強を頑張らないと入れないけど、君が教えてくれるって言ったから、苦手科目も頑張れる。
まるで夢のように素敵な日々
否、これは私の記憶
遠い夏の日の甘やかな思い出
君はこの懐かしい日々の数日後、交通事故に遭う。
新学期が始まる2日前だった。
そのまま君は帰らぬ人となり、私は約束の高校へ進学した。
それなりに充実した日々を過ごして大学生になり、成人した。
君をあの夏の日においてけぼりにしたまま
私は大人になった。
あぁ、蝉の声が聞こえる。
〜朝、目が覚めると泣いていた〜
織姫と彦星は1年に1度、1晩だけよく晴れた星空の中をデートする
君はそれを祝福しているのかな
それとも嫉妬してる?
だって君は私と夜に出歩くの好きだったでしょ
8月の七夕祭りの日にそう言ってたのを覚えてるよ
そっか、あの年はいつものお願いをしてなかった
君とまた来年って
だから、君が星になったんだね
織姫と彦星を隔てるのは天の川で
私とあなたを隔てるのは三途の川
織姫と彦星を助けるカササギはなく
私とあなたを助けるのはいつかの死
〜七夕〜
君のことを忘れたくない
思い出せもしない思い出を抱えて生きるなんて、
そんなのあんまりだよ
君はもういないのに
こんな言葉ももう届かないのに
あのね、君のことが、
……なんて、どうせもう君には伝わらないのに
〜伝えたい〜
君のための色
君のための言葉
君のための贈り物
君は明るくて人気者だから、黄色や橙色の花束にしたいな。君がいるだけで周りがパッと明るくなるんだ!だけど、黄色の花にはあまりいい花言葉のイメージがないんだよなぁ。
それなら、花言葉から選んでみよう!
希望、尊敬、誠実、幸福っと、うん、こんなもんかな。
ガーベラ、ゼラニウム、アイビー、ブルースターに、カスミソウ。
それから、君を忘れないようにシオン。
あれ?白に赤に緑に青、それから紫、これじゃ色がめちゃくちゃじゃない!!
どうしようかな。
うん、決めた!
また会う日を楽しみに、ネリネを贈ろう。
可愛すぎるから恥ずかしいって?
確かに、成人を目前に控えた君みたいな男の子からしたらそうかもね。
でも、彼岸花よりは遠回しでしょ?まぁ、それでも花束にするなら白かピンクなんだけどさ。
え、変わらないって?あは、バレたか。
……彼岸は来月かぁ。
うーん、時期が違う気もするけどカーネーションも加えてみようかな。白とピンク、君はどっちが好きかな?可愛すぎないように白にしておこうか。
……もう、2度目だっけか。
ピンクのネリネと白のカーネーションかぁ。
よし、甘すぎないようにグリーンも足してっと、
やっぱりカスミソウも入れておこう。君への感謝と愛情を込めて。
……だって私は、君と会う度に夢見心地だったから
〜花束〜