寒くて、心細くて、声を出せずに震えていた。
周りに生き物の気配は感じなかった。
ふわふわの柔らかな何かが体を包んだ感覚と優しい音がした。なんだろう、わからないけど、なぜだか怖くはないなぁ。
「─────?」
何を意味するのかは分からないけれど、音、声がする方に顔を向ける。うーん、よく見えないや。
口を開くとピャーと、か細い声が漏れた。
プニプニしたものが開いた口に入れられる。なんだろう、これ。……あ、甘い。もっとちょうだい、もっと飲みたい。なんだか、ぽかぽかしてきた。眠たいな……。
よく見えない目を開けると、甘いのはなかったけど、お腹の辺りがあったかかった。
優しい声がずっとしていたから、すごく安心した。
ここは、あったかいな。ずっといたいな。
ふふ、喉から変な音がしてきた。
ゴーロゴーロ、グールグール。なんだか落ち着く。
「もしもし、どうしたの?母さん今から夕飯の買い物に行くところよ。……え!?子猫を拾った!?
……どうしようって、あなたねぇ……もうー、今どこにいるの?今から迎えに行くわ。獣医さんのところに行きましょう。……わかった、すぐに向かう。父さんには連絡しておくから。……うん、あったかくしてなさいよ。」
〜子猫〜
散る花あれば、咲く花あり
未だ蕾であれど、いつの日か大輪に咲き誇る
その花香は望むものを誘うか、はたまた望まざるものを引き寄せるか
いづれにせよ、神のみぞ知ること
花の命は短く、儚いのだから
無垢な乙女の振りで香を振りまいてみるのも一興、大輪を望まず堅実にひっそり咲くのもまた一興
家から出た途端、昨日より冷たい風が緩い襟の隙間から入り込んでくる。
もう少し厚着して出てくれば良かったかな、そんな考えは陽の光を前に消え失せた。
朝の道は静かで気持ちがいい。
そんなことを考えながら、まだ眠気で締まりのない頬を風に晒すためにマスクを下げてみる。
肺いっぱいに冷たい空気を吸い込むと思わずむせてしまった。けれど、外の匂いは好きだ。
風が運ぶのは、金木犀の甘やかな香りと枯葉の香ばしい香り。それと、シンと冷たい冬の香り。
一時の秋を終えて、もうすぐ冬が来る。
〜秋風〜
中学3年
定期試験の解答用紙が返却され、夏休みが迫る頃
受験を考え始める時期だ。
「俺さ、お前のことが好きだ」
2人きりの蝉の声響く放課後の図書室で、私の幼なじみで初恋の男の子が言った。
「……まじか」
「うん、まじ。返事は後でいいから」
そう言って書庫の整理へ向かおうとする制服の袖を引き寄せた。
「私も、私も好き!」
お互い顔を真っ赤にして、夏のせいだと言いながら2人で抱きしめあった。
やっぱり蝉は鳴いていた。
夏休み
花火大会で、木に隠れてキスをした。ファーストキスは甘酸っぱいりんご飴だった。
互いの家で宿題をしたり、受験勉強をしたり、たまにゲームをしたり普段と変わらない過ごし方ではあったが、それでも特別だった。
来年も、一緒にいたい。
だから、同じ高校に行く約束をした。
私は少し勉強を頑張らないと入れないけど、君が教えてくれるって言ったから、苦手科目も頑張れる。
まるで夢のように素敵な日々
否、これは私の記憶
遠い夏の日の甘やかな思い出
君はこの懐かしい日々の数日後、交通事故に遭う。
新学期が始まる2日前だった。
そのまま君は帰らぬ人となり、私は約束の高校へ進学した。
それなりに充実した日々を過ごして大学生になり、成人した。
君をあの夏の日においてけぼりにしたまま
私は大人になった。
あぁ、蝉の声が聞こえる。
〜朝、目が覚めると泣いていた〜
織姫と彦星は1年に1度、1晩だけよく晴れた星空の中をデートする
君はそれを祝福しているのかな
それとも嫉妬してる?
だって君は私と夜に出歩くの好きだったでしょ
8月の七夕祭りの日にそう言ってたのを覚えてるよ
そっか、あの年はいつものお願いをしてなかった
君とまた来年って
だから、君が星になったんだね
織姫と彦星を隔てるのは天の川で
私とあなたを隔てるのは三途の川
織姫と彦星を助けるカササギはなく
私とあなたを助けるのはいつかの死
〜七夕〜