お題《エイプリルフール》
「この箱庭から出られるんだよ、この星の鍵さえあれば」
水のように澄んだ微笑みだった。
この箱庭からは出られない。そうずっと聞かされ育ったニーナはまさか、と思いながらもその甘い蜜のような言葉を信じてしまった。
「はい、あげる」
「カインは行かないの?」
「うん。ぼくは、いいんだ」
この時は不思議に思わなかった。だってカインはいつも優しくて、本当の兄のようだった。――だから氷結の森を抜けようと際、星の鍵が粉々に砕け散った瞬間――心が夜の底へ、壊れたのは箱庭から出られるかもしれないという希望なのか、カインへの信頼なのか、何もわからなかった。
果てしない嘘しかこの箱庭にはない。
知っていれば、壊れなかったのに。
お題《幸せに》
月夜の海岸。
波に運ばれる淡いの花。
手を繋いで灯した愛も枯れ果てて。
今頃あなたは――恋人と幸せを語り紡いでいることでしょう、この場所で別れの歌を聴いた日は悪夢だったけれど、今は。
確かに願うのです。
あなたの笑顔が再生される。
記憶の笑顔を道しるべに。
お題《好きじゃないのに》
「あなたには――が似合うわ」
「――と――、どっちにする?」
私は曖昧に笑って、興味なさげに適当にえらぶ。
心を殺して閉ざして生きる人生は――無価値以外の何者でもない。
だから。
月灯りのように、静かで穏やかな笑みを浮かべて。
「大丈夫。ゆっくり選ぼう、いくらでも待つよ。君の言葉、なんでもいい。聞かせて?」
それは、静かに涙雨が降る時間でした。
お題《ところにより雨》
神隠しに逢ったあの人を追ってゆく先で必ず降る、蒼白の雨。
でもその雨は。
「私にしか、見えない」
この世界は不自然で、そして奇妙だ。
いまだ真実は遠く、雨は、私に幻想をかける。
お題《特別な存在》
月灯り、木漏れ陽。
彼の人生はそれしか記憶にない。光に祝福された、生。
黄昏も深い深淵の泳ぐ夜の底など識らないのだ。
彼女は水鏡に映る己の姿を見て、嘲笑した。
醜い灰の髪に痩せこけた頬。
粗末な布で織られたワンピース。
彼とは、何もかもが真逆なのだ。
彼女は一瞬でも愛を咲かせた真実を、心底嘆いて深淵と消えていった。
永遠に彷徨い歩くのだとしても。それは、安らぎの揺り籠に過ぎない。