椿灯夏

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3/23/2024, 12:42:13 PM

お題《特別な存在》


月灯り、木漏れ陽。


彼の人生はそれしか記憶にない。光に祝福された、生。


黄昏も深い深淵の泳ぐ夜の底など識らないのだ。



彼女は水鏡に映る己の姿を見て、嘲笑した。



醜い灰の髪に痩せこけた頬。



粗末な布で織られたワンピース。



彼とは、何もかもが真逆なのだ。



彼女は一瞬でも愛を咲かせた真実を、心底嘆いて深淵と消えていった。



永遠に彷徨い歩くのだとしても。それは、安らぎの揺り籠に過ぎない。


1/31/2024, 12:22:48 PM

お題《旅路の果てに》


交わす言葉は道標。


小さな旅路のお供は古びた絵本。



誰にも歓迎されなかった旅路に舞う風花。






それでも手にしたものは――抱えきれないほどの、星の海。



星のランプを創って、またその旅路を辿ろう。



今度は、君と一緒に。



11/25/2023, 1:48:32 PM

お題《太陽の下で》


 
花の香りに包まれた揺り籠。


天窓から零れ落ちる光。



大きな窓から見渡せる庭には、陽光を受け煌めく薬草の庭。奥の方には果樹園もある。日頃から丁寧に世話をされているのだと見ればわかる、生命力にあふれた豊かな庭だが――ただ、その姿を一度もまだ、見たことがないのだ。



その代わりに。いつもテーブルに、手紙が置いてあった。



《クロックムッシュ、木いちごのパイを今日は焼いたから庭のカフェスペースで食べて》


《今日は星がたくさん流れる。庭に落ちた星の欠片を集めておいて。明日をお楽しみに》






とりとめのない、日常の手紙。





私は今日も筆をとる。



私の知らない誰かへ。







11/6/2023, 11:33:32 AM

お題《柔らかい雨》



いつも雨は、嫌な記憶をつれてくる。



星空の町から遠ざかる果ての町で生まれた。


星空の町には、星読み姫がいる。星の姫は、夜の底で煌めくひとしずくの光――星神から遣わされた救いだと云われている。



「ねぇ星の姫が泣くと、流れ星になるって云われてるけど本当なのかな」

「さあな」


幼馴染みのロトアがぶあつい本を片手に、星のようにきらきらとした瞳でこちらを見てくる。


「レンは興味ないの?」



《星の姫》――よく星を読んで聞かせてくれた。


今も心に降る流れ星の雨。


彼女の光に満ちたその笑顔。



忘れられない月灯りの雨を浴びて、交わしたひとひらの言の葉。





落ち着かないのは、全部――彼女のせいだ。



10/28/2023, 4:41:39 AM

お題《紅茶の香り》







金木犀の雨が蜂蜜色の屋根に降る。聖域のように澄んだ沈黙の空間。



ここは、《アルカナの箱庭》と呼ばれる異世界の果てにある――紅茶と伝承の、《鳥籠》。



「紅茶の本、ティーセット、駄々広い茶畑……でも来客者なんて滅多にこない――どうしてなの?」



黄昏色の髪から覗く星と月の青銀に輝くピアスをした、少し気怠げな少年は答えない。



「ここには、何があるの?」


「俺は何も識らない」

「ここに住んでいながら? もういいわよ、勝手にするから!」


「――識らない方がいい」

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