お題《入道雲》
瞬間を切りとる。
それは大切な物語を忘れないように、カメラという箱でカタチに残すこと。人の記憶はどうしたって朧気になってゆくから、露となって消えてしまう前に。
そんな想いを抱きながら今日もカメラを上に向ける。ソーダ水の海に浮かぶバニラアイスの塊のような雲を、カメラにおさめる。
その他にも風景はたくさんある。
民家の庭先に咲く朝顔、水を張った木の桶に浸かった大きな西瓜(すいか)とお茶やジュースの缶、鮮やかな美しさをたたえた金魚、赤赤と続く提灯と人の波――亡き親友であるカケルに、見せるために。
『お前の写真、なんかあったかくて好きだわ。技術も大切だけど、一番大切なのは心だってことちゃんと理解してて尊敬する』
カケルとはじめて買ったカメラで、今も撮り続けている日常の風景を。
カケルが、大好きだって笑顔咲いたこの季節を。
お題《夏》
天井から吊り下げられた朱い金魚風鈴が涼風に泳ぐ。それはひとつではなく、とにかくたくさん。それはどれひとつとして、同じものはない。
歪な美しさ。
私はひとり青い朝顔が鮮やかに咲いた浴衣を纏い、その光景を眺めている。頭にも朝顔の髪留めをし、今日は特別な日だからおしゃれして。
この日のおしゃれは《金魚姫様》のためのもの。
夏の始まりと終わりに行う、鎮魂祭。
風鈴の音が水と、あの人の記憶を運ぶ。
「――ああ恋しや恋し」
蝉時雨が言の葉をかき消して。
私はまたひとつ、ため息をつく。
人の想いがまだこうしてここへ繋ぐ――本当に、想いとは厄介極まりないものだ。
お題《ここではないどこかで》
空白の街から来たという不思議な青年はハットを深くかぶりなおし、うやうやしくお辞儀をした。
なぜだろう、どこか胡散臭い。まるで、嘘のカタマリのよう。
「ハジメマシテ。私はナイトメア。ナイルでもメアでも、お好きなように呼んでください。今なら特別にその権利さしあげます」
「べつにいりません。べつに、貴方の名前など聞いてません。私が知りたいのは“空白の街”のことです、どうしてそんな嘘が言えるのか教えてくださいませ」
「――ほう。つまり君は私が嘘をついていると?」
あくまでもとぼけるつもりなのか、すぐに真実を吐く様子はない。それが、よけいに気に食わない。
「空白の街は存在を奪われた街なのですよ? そんなところから来たなどと、絶対ありえない話ではないですか!」
強く言っても、青年の態度は、変わらない。
「私の存在は奪われた理由(わけ)ではありませんから。珍しい彩色の髪をしたあなたがほしいと思ったから、誘いにきたのですよ。
――ここ(うつつ)を捨てて、いきませんか? あなたを真実(ほんとう)に必要としてる場所へ」
それは、ひどく心をざわざわさせる誘いだった。
お題《君と最後に会った日》
淡い色の花弁が小舟のように水面に浮かんでいる。
風が散らした春の夢。きっともう、咲くことはない。
――誰がそうした。
――そんなのわかりきってることだ。
自嘲気味に笑う。
ここで咲いて、ここで散った。
――それだけだ。
もうこの場所に春はこない。