この世には2種類の人間がいる。
天才か、凡人か。
「あーはっはっはっは!!どうだ!今回の定期テストもオール100点さ!」
天才である彼は高らかに笑いテストの結果を私に見せつけた。一方で凡人の私は苦笑いをするしか無かった。
毎回毎回、テストがある度に100点の結果を私の元へ見せに来る彼。席も近ければ同じクラスでもない私にこうしてテストの結果を自慢しに来るなんて、よっぽど暇なのだろう。
「さぁ、君もテストの結果を見せたまえ。ま、概ね予想はつくがね」
「うーん。今回はちょっと数学が難しかったかな」
私は自分のテストを机の上に広げる。テストの点数はどれも60点や70点等の真ん中よりもちょっと上の点数。いや、平均点からすると高い方ではあると言いたい。
「なんだ。相変わらずつまらない数字だなぁ〜?やはり君はどこまでも平凡で凡庸で凡人だ!!!!」
3連続凡!全て同じ意味だが。
というかそこまで凡凡言われたら少し怒りが湧いてくる。私は明らかにムッとさせ、テストを机の中へしまう。少し乱暴に入れたせいか、テスト用紙がくしゃりと折れた音がした。
「私が平均的な女だってことは十分にわかるよ。何?そんなに下を見て楽しいの?」
「いいや?僕にそんな下劣な趣味は無いね!」
じゃあどうして。私がそう聞くと彼は頬を赤らめそれでいて堂々とした態度で言い放った。
「優越感さ。君が僕に対する劣等感を見せてくれている時、僕は最高に優越を感じそして興奮する!!」
最低だ。私は思わず立ち上がり彼に向かって平手打ちをしようとした。
だが、呆気なく平手打ちをしようとした右手は彼に掴まれ彼の方へと引っ張られる。彼の胸元に倒れ込みそうになり、私は左手を机につきキッと彼を睨んだ。
「あぁ……その顔だよ。その顔をよく見せてくれ」
彼は目をかっぴらきながら、顔を近づけニタリと笑う。
手を掴まれている私は逃げることも出来ず、彼の狂気に恐怖を感じながらも頭には1つの疑問が浮かんで消えなかった。
優越感に溺れる彼は、本当に天才だったのだろうか?
「────でさ。俺はとりあえず、東京の大学で輝かしいキャンパスライフを迎えようと思うんだけども。」
「はぁ。」
心底どうでもいい。私は無関心な溜め息を零す。
幼馴染の彼とは18年。生まれた時からずーっと文字通り一緒にいた私達はいつしかそのまま高校生になっていた。けれど気持ちは18年もいれば変わるもの。それこそ幼少期は彼にべったりだった私は、時を経て段々と広がる日常と同時に幼馴染の興味さえも薄れさせていった。
高校だって、お互い家が近くの高校を目指した結果が一緒の高校になったというだけ。今更進路がなんだって言うのだろうか。
目の前の彼はつまらなそうに頬ずえをつく私を見てにやりと笑う。
「そんな顔すんなよ〜。…お前、一緒に来ない?」
「なんでよ。私、東京の大学には興味無いんだけど」
大学の誘いに乗らない私に今度は彼が大袈裟にため息をついた。
「これまでずっとさ。俺たちずっと一緒だったじゃん?それこそ家も隣だし、小さい頃はお前が俺の後ろをついて行ったりもしたし、逆に今はお前の後ろを俺が追いかけてる。」
「…何?突然。それと進路は関係無いでしょ?」
「関係あるよ。」
私の言葉に彼はキッパリと断言した。私は思わず眉間に皺を寄せる。「まぁ聞いてよ」と彼は私の頬ずえしていた手を取り握った。
「これまでずーっと何をするにも一緒だった俺達が突然離れ離れになっても生きていけないと思うんだ。だって、一緒だったんだもん。だからさ、これからもずっとお前とは一緒に居るべきなんだ。俺もそりゃ東京なんてどうだっていいけど、そこでなら俺達の仲を離してくる同級生もいないし、わざわざ隣の家に行かなくても一緒に同じ部屋に住めばいつだって会える。」
これまでずっと一緒ならこれからもずっと一緒にいるべきなんだ。
夜の駅は静かだ。それも田舎の駅なら尚更。
都会の喧騒に疲れた彼が私を連れてこの町へ越してきた時のことをふと思い出した。「ここなら君と良い結婚生活を送れる気がするよ。」と、彼は頬を染めながらはにかんでいた。もうあれから何ヶ月経ったのだろうか。
「あと5分か…」
私はスマホの画面に映し出された時刻と電車の時刻表を見比べる。まだ電車は来ない。寂れた田舎駅に1人佇む私。こんな姿を見て彼はどう思うだろうか。きっと怒るだろうか。もしかしたら悲しむかもしれない。
なにせ“束縛だけでは飽き足らず監禁までして繋ぎ止めておきたかった女”が逃げたのだ。
彼は今頃必死に私を探しているだろう。私をまたあの監獄へと繋ぎ止めるために。
もう、限界だ。彼以外の人間に会わせてもらえず、家事もさせてもらえずただ彼を待つだけの日々はもう限界。
遠くから電車がこちらへと走ってくるのが見える。もうすぐ私は自由になる。あの男から逃げて、そしたら…。
突如ピロンという電子音と共にスマホの画面が光る。どうやらLINEから通知が届いたらしい。
「誰からだろ…お母さんからかな」
監禁されている間、私は両親にさえ連絡が取れていなかった。きっと私のことを心配してLINEを送り続けているのだろう。私は迷いなくLINEを開いて既読をつける。
そこには、両親ではなくあの男から1件。たった1件だけ、メッセージが送られていた。
「みつけた」