視線の先にはいつも貴方が居た、
幼い時、私を見つけくれて
手を引いてくれた貴方、
大きくなっても、そばに居てくれて、
ころころと笑う赤子のように、
全てを愛していた貴方の、その全てを、
私のものに出来たらと、そう
願ってしまった。
視線の先に私はいなかった。
貴方は別の人を見ていた。
ただ、それだけ
2人を祝福する鐘がなり、花びらが舞い、
笑いが溢れ、祝福の言葉で包まれる。
貴方の幸せを、貴方が愛したその全てが祝福する、
なんて、素敵な事だろう。
いつもは着ない、薄いワンピースのピンク色が、
貴方を包む光と重なって、目を刺激する。
服の裾を握りしめ、
今はただ、貴方に見つからないようにと
切に願う、
そっと、昔の思い出が瞳の裏側に蘇った。
幼い記憶、楽しく笑う子供の声、それとは反対に
薄暗い遊具の内側で、何かから逃げるように隠れる私。
まるで今のようだ、今までが幸せ過ぎたのだ
ただ元に戻っただけ、ただそれだけ、
咀嚼するように同じ事を繰り返す、
これ以上辛くならないように
繰り返し繰り返し。
影が私を覆う、雲で無い、
顔を上げると、視線の先には貴方が居た、
純白のドレスが貴方にとてもよく似合っている。
眩しい。
貴方が何か喋ろうと、口を開く、何か、
とても大切なものに向けるようなその瞳と、
唇の薄ピンクが、とても綺麗だと思った。
「..........ありがとう。
ずっと、側に居てくれて」
えっ
貴方の言葉を理解する前に
貴方が私の手を引いた。
昔のようだと、また記憶が蘇って、
貴方の後ろ姿を見て、でもやはり昔とは違って
瞳から、幸せが溢れる。
ああ、私は何て馬鹿なんだ、
貴方が居てくれれば、それでよかったのに、
貴方が手を引いてくれる今がとても幸せで、
1秒1秒が鮮やかに、
噛み締めるように緩やかに流れていく。
貴方が笑っている、
これだけで全てが幸せだと思った。
視線の先にはいつも貴方が居た。
でも、これからは別々の道を歩むのだろう。
だけど不思議と不安は無い。
貴方が手を振りかざし、
花束が舞い、貴方が笑う。
これかも貴方の視線の先に
溢れんばかりの幸福がありますように。
自分の手で掴み取ったブーケを見て、私は切に願った。
『視線の先に』
「あなたにだけだよ」
そういって貴方は、私の頬に手を添える。
「私にだけ?」
「うん、そうだよ。」
私にだけ向けられた瞳は何よりも優しくて、小さい頃の、母の瞳を思い出した。遠い昔。
お日様の様に暖かい手は、
私の髪の毛のベールをそっと横に流して、そして
影が重なる。
2人を覆うカーテンが揺れ、
2つのプリーツスカートの間を、風が通り抜け、
2人だけの教室に、それが広がる、夏の風だ。
流れる風とともに目を開けると、
貴方は居なくなっていた。
居なくなっていたのだ。
1人だけの教室に、
急に心細さを感じて必死に名前を呼ぶ、
ぽつり、ぽつりと吐き出された息と貴方を呼ぶ声は
夏の風に流されていく。
本当は気付いていた、
あなたの机に花瓶が置かれていた事、
葬式にだっていった、
なのに、なのに貴方なら戻って来てくれると
甘い願望を抱いて、
そして本当に戻って来てしまった
一度この世を去ったのに、
どうしてまた戻って来てしまったの?
そんなの、ひどい、ひどいわがままだ。
貴方も、私も。
貴女との未来を願ってしまった。
ぐちゃぐちゃになった心では泣く事も出来なくて、
貴女から貰った最後の宝物が
少しずつ遠い昔に変わっていく。
私を覆うカーテンが揺れ、
1つのプリーツスカートの隙間を風が通り抜ける、
雨の音が、私だけの教室に広がる。
夏の雨だ、きっと。通り雨だろう
「私だけ」
<ねえ、今日おわんなくない?)
もう寝ようとしていた、夜の事、
カナの一件のLINEで気がついた、時計がおかしい
27:10
画面の左端の数字、それは今日の時刻のはずだ。
だけどこんな数字は無いはずなのに。
画面を上から下へとスワイプし、
今日の日付を見る、7月11日、
おかしいそれは昨日のはずだ。
今日がまだ終わらない
部屋の時計も止まっていて、
窓の外は雲でずっしりと重くて、暗い
カナにラインを送る。
(本当だ!なんでだろう>
なんでだろうねとLINEを送り合って外を見てよく分からなくて一階に降りた。
階段がいつもより静かな気がする。
木製の手すりは冷たく、夏にしては肌寒い、
上着を取りに行くのも億劫で、私はただ足を進めた。
リビング、こんな夜に来た事は
多分とても久しぶりで、あれは確かお父さんだ、
お父さんと夜更かしをしてテレビを見た。
テレビ...
リモコンを探す、
だけど暗くてどこにあるかわからない、
電気をつけて
起きてるのがお母さんにバレるのも嫌だったから、
テレビに近づき、電源を押した。
つかない
もう一回押す、まだつかない、
つかないな...
ばっしっと叩いてみる。起きてと急かすように、
音だけついた、
今度は撫でてみる、早く早くと私を起こす母のように
ぼんやりと、光が溢れ、
それは輪郭になり、映像になった。
だけどほとんどの番組が再放送で、
明日...7月12日の内容はやってないみたい。
ピコン!
元気な通知音と、
スマホにカナからの通知がやってきた。
<やばい!テレビつかん!)
<怖すぎ!)
(叩いたらついたよ>
<マジ?)
(撫でると映像もつく>
<本当じゃん!すご!)
ありがとう!の元気なスタンプが送られてくる。
このホラーな状況でも、元気なのがカナらしい。
横から、淡い光がさす。
きっと月明かりだ
さっきまで曇っていたはずだが、少し晴れたらしい
雲はするりするりと
月の前を通り過ぎ、そして月が、空に現れた
月の形が...いつもと違う
いや正確には同じだだけど、角度が違う
空にあるはずの三日月は、いつもと違い、横になっていた。
まるで夜に眠る瞳のように。
もし、ずっとこんな感じで、
このまま明日が来なかったら、
どうなるんだろう。
きっと農業とか出来なくなって、
みんな大慌てで、
戦争とかが起きて
きっと学校は休みだな、
ちょっと場違いな嬉しさが顔を出す。
ピコン!
通知、カナからだ
<明日が来んかったら、明日学校休みじゃない?
やったー!)
「ふっ」
呼吸がそのまま笑いに変わる、
外はこんなに暗いのに、心はこんなに幸せで、
カナと一緒だったら、
明日が来なくても
別にいいや
今日は、多分世界が、ちょっとおかしい。
多分みんな眠っている、明日もテレビも月も、
そして“今日”は夜更かししてる。私とカナと一緒に
『一件のLINE』
目が覚めると映画は終わっていた。
ずいぶん寝過ぎたようで、
ぼやけた脳みそでは何を見ていたかさえ
思い出せなかった。
スクリーンは俺だけを照らし、
そして、エンドロールが、下から上へと流れていく。
「.....寝過ぎたな」
そうポツリと呟いて、勿体無いと感じたのか、
何かもわからないエンドロールの終わりを
俺は見届ける事にした。
文字が、流れていく、
.....
..
おかしい
もう10分程は眺めただろうか、
エンドロールは終わらず、
文字が上から下へとただ繰り返し流れていく。
ポップコーンは底をつき、
ドリンクも全て飲み干した。
流石に外へ出よう、終わらないのはきっと、
何かの故障だろう。俺は空になった容器を持ち
劇場の外へ出た。
...やけに静かだ
誰もいないカウンター、
客どころか店員も居ない、なんて
俺の足跡だけが、広い館内に、
トスントスンと鼓動のように響く、
ハッキリして行く意識と、早くなって行く足音と、
俺の額に汗が走る。
今日は世界が終わる日だった、
外に出る。
もう、遅かった
鮮血のような赤さを持つ空に、
上から下へと星が、流れていく。
流れ星だ。
ビルの一つ一つが大きな影となり、地を覆う、
辺りは暗く、朝日のように眩い星だけが俺を照らし
さらに深い影を作る。
マナーモードになっていた携帯には、警報と、
アラームと誰かの着信履歴だけがあり、
それを見る気にはなれなかった。
今日は世界が終わる日だった、
そうだった。
そうだったんだよ。
トスントスンと、足音が戻る、
諦めたような、開き直ったような足音は、
劇場の闇へと吸い込まれ、
そして遠く、とても遠くにきえた
エンドロールの、終わりが聞こえる。
『目が覚めたら』