「あなたにだけだよ」
そういって貴方は、私の頬に手を添える。
「私にだけ?」
「うん、そうだよ。」
私にだけ向けられた瞳は何よりも優しくて、小さい頃の、母の瞳を思い出した。遠い昔。
お日様の様に暖かい手は、
私の髪の毛のベールをそっと横に流して、そして
影が重なる。
2人を覆うカーテンが揺れ、
2つのプリーツスカートの間を、風が通り抜け、
2人だけの教室に、それが広がる、夏の風だ。
流れる風とともに目を開けると、
貴方は居なくなっていた。
居なくなっていたのだ。
1人だけの教室に、
急に心細さを感じて必死に名前を呼ぶ、
ぽつり、ぽつりと吐き出された息と貴方を呼ぶ声は
夏の風に流されていく。
本当は気付いていた、
あなたの机に花瓶が置かれていた事、
葬式にだっていった、
なのに、なのに貴方なら戻って来てくれると
甘い願望を抱いて、
そして本当に戻って来てしまった
一度この世を去ったのに、
どうしてまた戻って来てしまったの?
そんなの、ひどい、ひどいわがままだ。
貴方も、私も。
貴女との未来を願ってしまった。
ぐちゃぐちゃになった心では泣く事も出来なくて、
貴女から貰った最後の宝物が
少しずつ遠い昔に変わっていく。
私を覆うカーテンが揺れ、
1つのプリーツスカートの隙間を風が通り抜ける、
雨の音が、私だけの教室に広がる。
夏の雨だ、きっと。通り雨だろう
「私だけ」
7/19/2024, 9:10:33 AM