視界が反転している。甲高い耳鳴りが頭に響く。
今、落ちているのか?
それにしても景色の流れが遅すぎる。死ぬ間際は時が遅くなると言うけど、自覚してもこのままなのはおかしい。
確かなのは地面が段々と近付いている事と、足首に違和感がある事。右の足首…で支えられている?
「──────起きて」
雑音が初めてまともな声となって聞こえ、目を開いた。反転した景色のままだったから自信はないけど、さっきまで目を閉じていたらしい。今度は景色の流れが逆になる。
「あ、起きた?なら後は自分でも頑張って」
少しずつ意識が明瞭になっていく。けれど、聞いた事のある気がするこの声を思い出せない。とりあえず足を角に引っ掛け身体を起こそうと試みると、思ったよりもすんなりと空まで視界が移動する。
「大丈夫ー?生きてるー?記憶はある?」
という声と同時に少女が顔を出した。
答えようと口を開ける。が、肝心の声が喉から出て来ない。仕方が無いので首を横に振る。
「あぁ、声が出ないのは知ってるよ。記憶も無いみたいだね」
頷くと、じゃあ着いて来て、と言い足についていた縄を解くとスタスタと歩いていってしまう。
少女は彼に背を向けてから笑みを浮かべ、良かったと呟いたが、それが彼の耳に届く事は無かった。
『逆さま』
辺りはどっぷりと闇に包まれていて何も見えない。
視界を与えているのは心許ない一つの蝋燭だけ。
風が少し強く吹けば消えてしまう熱を帯びた緋が、ちらちらと光と影とを生み出しては揺れている。
太陽が沈めば簡単には辺りを明るくなんて出来ない。今が朝なのか夜なのか、時間感覚も自分が生きているのかも何にもわからない。狂ったせいで眠る事も起きる事も奪われるなんてね。
まぁ人生なんてそんなものか。
「包み込んでくれる陽の光とまた出会えないのなら」
炎に触れると、瞬く間に身体を伝って地面を伝って、緋は全てを覆い尽くした。
『眠れないほど』
夢を持たなきゃ希望を抱けない。なのに此処じゃあ現実を見ろと頭ごなしに言われる事もある。
ねぇ、そんなの理不尽だと思わない?
現実を見た結果、病んで廃人になったって一切責任は負ってくれないのに。一方的に主張するだけ。
自分の思い通りに全てなると、自分が正しいと信じて決して疑わないような人達。私からしたら理想を盲信してる様にしか見えないなんて、なんだか滑稽よね。
でも、そんな滑稽な人達に壊された人生も沢山あるんでしょうね。確かに、自分の事を想ってくれた上での言葉ならどんな言葉でもきちんと受け取って然るべきものよ。それが、現実を見ろ、だったとしても。
だけどね、自分のこの先なんて全く考慮してない人達に、ただその場で言われた事なんて気にする必要無いの。
あら、そろそろお目覚めの時間ね。私の夢の主様。
今日も貴方にとって良い日になりますように。
それじゃあ、行ってらっしゃい。
『夢と現実』
『さよならは言わないで』
私、またねって言葉が好き。
次があるって、これきりじゃないって素敵な事だと思うから。
それに、また会おうねだとかまた会えるよねって意味も含まれている気がするから、相手と言い合えば絶対また会える気がするの。
だからさ、一緒に言おう?
真っ黒く染められた背景に無数の流れ星。距離感も時間感覚も何も無い。そんな空間に僕は一人だ。
此処の流れ星は理想の世界を象る。だけど触れてしまうと凄惨な世界を見せられる。そんな趣味の悪い空間。一体どんな神様が創ったんだろうね。顔を見てみたいものだよ。
まぁ、僕の場合は自分の為に此処に来たのだけれど。
光を掴む為に闇に飛び込む事が間違いだとするなら、一体何が正解なのだろう。救おうとする事が、夢を見る事自体が過ちだった?
願いを最初から持たなければ正解だと言うのなら。
間違わなければ君を守れないなら。
僕はずっと不正解のままでいい。
それすらも貫いてみせる。
『光と闇の狭間で』