糸井

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視界が反転している。甲高い耳鳴りが頭に響く。

今、落ちているのか?
それにしても景色の流れが遅すぎる。死ぬ間際は時が遅くなると言うけど、自覚してもこのままなのはおかしい。
確かなのは地面が段々と近付いている事と、足首に違和感がある事。右の足首…で支えられている?

「──────起きて」

雑音が初めてまともな声となって聞こえ、目を開いた。反転した景色のままだったから自信はないけど、さっきまで目を閉じていたらしい。今度は景色の流れが逆になる。

「あ、起きた?なら後は自分でも頑張って」

少しずつ意識が明瞭になっていく。けれど、聞いた事のある気がするこの声を思い出せない。とりあえず足を角に引っ掛け身体を起こそうと試みると、思ったよりもすんなりと空まで視界が移動する。

「大丈夫ー?生きてるー?記憶はある?」

という声と同時に少女が顔を出した。
答えようと口を開ける。が、肝心の声が喉から出て来ない。仕方が無いので首を横に振る。

「あぁ、声が出ないのは知ってるよ。記憶も無いみたいだね」

頷くと、じゃあ着いて来て、と言い足についていた縄を解くとスタスタと歩いていってしまう。

少女は彼に背を向けてから笑みを浮かべ、良かったと呟いたが、それが彼の耳に届く事は無かった。

『逆さま』

12/7/2024, 10:29:59 AM