「貴方が隣に居る。今この瞬間が、世界で1番幸せな時間が、永遠に続けばいいのに」
そう言った私を愛おしげに見つめて、少し困ったように笑いながら
「いつかは別れる時が来てしまうから、永遠は難しいけど。この命が果てるまで、僕はずっとそばに居る。離れたりなんてしないよ」
「それは、嬉しいんだけど…そうじゃなくって、」
照れてしまって言葉が上手く紡げない。"その時"が怖い事が伝わったのか伝わっていないのか、少し考えて私の頭を柔らかく撫でてから。ちょっと待ってて、と言って手に赤いリボンを携えて帰ってきた。
「目印をつくるのはどう?たとえどちらかが世界から零れ落ちても。君が違う世界に居たって、僕が必ず見つけてみせるよ。だからこれをつけて待ってて」
まぁ目印なんて無くても絶対探し出すけどね、なんて彼は言いながら私の髪は結ばれていく。貴方の暖かな手で、散らばった髪がするすると一纏めになっていくのがなんとも心地良い。
うん、似合ってる。何しても可愛い、って貴方の透き通る声が。耳元で聞こえるから。差し出された鏡の先で真っ赤なリボンで綺麗に髪は結われ、私は頬と耳も赤く染めて居る。
多分その事に気づいたのであろう彼はより一層表情を柔らかくしていた。どこまでも暖かくなる貴方の表情も雰囲気もずっとずっと愛している。
ぱちん、とシャボン玉が弾けるように。夢から覚めるのは突然だ。遠くて朧気で、それでも確かに存在していた幸せな記憶の追走。
懐かしさと愛おしさと寂しさと。全てを噛み締めながら、今日もあの日の赤いリボンで髪を結う。彼と自分とをまた結んでくれる事を祈って。
『はなればなれ』
吐く息が白いくらい寒い朝だった。
帰り道、アスファルトの隅に白くて小さく、ふわふわとした塊が蹲っているのを見つけた。
自分の吐いた息が固まったのかと思ったけど、近づいてみると猫だとわかる。小さな小さな子猫。
弱っていて自分じゃ何にも出来ない。寒さを凌ぐ為に端に寄ったばっかりに誰にも見つけて貰えない。そんなの、まるで私みたいじゃないか。違うのは、この子には私よりも選択肢が極端に少ない事。
この幼さはまだ生まれたばっかりだろうに。どうして弱い者は世界に見放されなければいけないのか。そんなの絶対におかしい。
そう思った時にはもう子猫を抱えて走っていた。大事に大事に、冷えても熱を発する塊を、ふわふわで心地良いこの子を、ぎゅっと抱き締めて。
『子猫』
ひんやりと心地良い風が、頬を撫でながら私を追い越してゆく。カーテンとそれを通る光とをゆらゆら揺らしながら。
そして、滑らかで鮮やかな赤を黒く濁らせながら。
夏も今日ももう終わりなのかしら。別れというものはいつだって寂寥を感じるわ。カーテンコールを受けたって二人で舞台に上がる事はもう出来ないもの。
でも、季節は巡るように輪廻があるから。今度は貴方が道を外さないように祈ってあげる。恋した貴方への私からの花向け。色褪せた世界を彩ってくれたお礼。
彼女は空の薬莢を片手に、風に揺れる木々の音と闇の中に紛れて。悲しそうに小さく笑った。
『秋風』
「今日はね…」
いつものように、何をしたとか、されたとか、どう思ったとか。貴方としたいと思った事も、一点を見つめて話す。希望と哀愁が折り混ざったまま。
記憶や思い出の目映ゆい輝きが薄れていくとしても、風化していくとしても、決して無くなる訳じゃないから。春の日差しのように私の心を暖めて、明るく照らしてくれるのは、変わらないから。例え唯一でも、私が貴方の軌跡になるから。
そして、ずっとずっと、いつまでも待ち続けて。探し続けて、願い続けて。奇跡だって起こしてみせるから。
どんな場所でも、貴方と二人きりでも、あの世でも別の世界でだって。会えるのなら何処でも良い。
だから
『また会いましょう』
タンッ
私に向く銃口から飛び出すモノは、いつだって虚空を貫く。当たったら痛いんだもの。皆避けるわ。
それが当たり前の事で。そして、その後すぐ相手の首が切れちゃうだけ。そんな単純作業に飽きるのも当然よね。
ダンッ
だから、だからね。
ダンダンッ、ダンッ
逃げ道も塞ぐように的確に。加えて素早く撃つ貴方に。恋にも似た感情を抱いちゃってるみたい。ほら、さっきの避けきれずに掠っちゃって血が出てる。こんなの初めて。
世界に火が灯るように、私と貴方を中心にして色づいていく。気が狂いそうな程鮮やかな極彩色で、白黒だったはずの風景は埋め尽くされて。
スリルってこういうものだったのね。楽しさを教えてくれて、思い出させてくれて
「ありがとう」
──そして、おやすみなさい
『スリル』