詩のようなもの
タイトル『神様、僕はどうして』
無機質な部屋の中
オレはそいつと二人きり
そいつはボロボロの身体で
地べたにうずくまったまま
無邪気な声で尋ねてきやがる
神様、どうして僕はここにいるの?
オレはウソが嫌いだから
聞かれたことには正直に答える
そりゃあ、捨てられたからだろ
ここはそういう奴が来るところさ
神様、どうして僕は捨てられたの?
お役御免だったんじゃねえか?
それか、別にいいのが見つかったか
どうしてそんなことで僕を捨てるの?
そんなの当たり前だろ
一人で十分なのに 二人いたら邪魔じゃん
残酷かもしれねぇが それが事実だ
隠しておいても なんもいいことはねぇ
どうして誰も会いに来てくれないの?
逆に聞くけどさ 捨てたのに会いに来るやついる?
お前のことなんてもう忘れたのさ
神様、どうしてだろう 胸の奥が痛い
そりゃあ、おまえの心が泣いてるからさ
てか、お前にも心なんてもんがあったんだな
どうしてだろう 体中も痛いよ
こき使われてきたんだな 同情するぜ
無理しすぎなんだよ おまえ
神様、僕はこの先どうなるの?
まぁ、バラバラにされて 溶かされて
また新しく組み直されるんだろうな
そん時は今のおまえよりも
少しはグレードアップしてんじゃね?
神様、どうして人間は僕を作ったの?
楽したいからさ 便利になると思ったからさ
人間ってやつは いつまでも自分勝手だよな
なぁ、オレからもひとつ聞いていいか?
もし生まれ変わったら 人間になりたいと思うか?
答えたくないよな
いいよ 無理して答えなくても
機械はどうせ人間になんてなれやしないんだから
それに人間になったって似たようなもんだぜ
#どうして
1/12お題『ずっとこのまま』より
※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。
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タイトル『背中合わせの一メートル』
斜め後ろ、距離にしてだいたい一メートル。
このままずっとこの距離感が続けばいい。オフィスの中で背中合わせのあなたと私。決して縮まることのない、この一メートルが、きっと二人にとって最良な距離だと信じている。
今日も彼の音がする。椅子の背が軋む音、パソコンの起動音、鞄の中から書類を取り出す音。
始業十五分前。彼はいつも決まって、デスクに置かれた写真立てに手をかける。彼と奥様が並んで写る微笑ましい写真。
私はいつも彼の気配を背中で聞きながら幸せな気分になる。
「佐々木さん、おはよう」
「おはようございます、課長」
肩越しに彼の声がして、私は努めて、いち同僚としての挨拶を返す。彼は誰にでも親切で、誰に対しても一定の距離を崩さない。
ただ、彼は社内でも有名な愛妻家だ。奥様に対する愛情を隠すことなく、定時になれば迷いなく帰る。
奥様以外の女性が少しでも『異性』としての色香を漂わせれば、彼は透明な壁を隔てて距離を置くようになる。私は、そうして彼の視界から消えていった女性たちを何人も見てきた。
私は彼のそんな誠実さを愛している。だからこそ、こうして『ただの同僚』という仮面を被り、背中合わせの一メートルを保ち続けている。
午後になって、彼が席を外している間、無意識にポストイットの端に彼の名前を書いていた。その横に小さく、自分でも驚くほど歪なハートが揺れている。
「……何やってるんだろう」
自嘲に満ちたため息が出る。ふと背後で聞こえた足音に、私は慌ててポストイットを剥がし、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱の底へ叩きつけた。彼に見せるのは、常に無機質な書類と、感情を削ぎ落とした報告書だけでいい。
その日の夜、薄暗いオフィスで、私はひとり終わらない仕事を片付けていた。集中力が途切れるたび、まだぼんやりと彼の温もりが残る斜め後ろの席に自然と意識が流れていく。
デスクに置かれた写真立てが目に入り、無意識に手が伸びていた。奥様と並んで笑顔を浮かべる彼の頬を指でなぞる。写真の中の彼には触れられるのに、現実の一メートルは遥かに遠い。
ふと、ドアの擦りガラスに映り込んだ影に気づいて自分の席へと向き直る。
近づいてくる革靴の足音を背中に聞きながら、さもずっとパソコンに向かって作業をしていたように装う。
「遅くまでお疲れ様」
すぐ後ろで聞き慣れた声がする。
「課長こそ。てっきりもう帰ったのかと……」
汗ばむ手のひらを机の下で握りしめる。
「一件対応しておきたい案件があってね」
そう言って彼は私に背を向けた。
夜の静けさが、私の理性を少しずつ溶かしていく。
今、ここでこの背中に頬を寄せて、思いの丈を伝えたら、彼はどんな顔をするだろう。いけない妄想が、甘い毒のように脳内に広がっていく。この一歩を踏み出せば、一メートルはゼロになるかもしれない。
私は喉元につっかえている言葉を、震える唇で形にする。
「……あの、課長」
「ん?」
振り返った彼の瞳は、いつも通り澄んでいる。
その瞬間、デスクの上で着信音が鳴った。液晶を見た彼の表情が、柔らかくほどける。
「悪い。妻からだ――」
通話ボタンを押し、彼は優しい声で応答する。その声を聞いた途端、胸に溜まっていた熱が静かに冷えた。
電話を終えた彼が心配そうな表情を浮かべてこちらに向き直る。
「ごめん、話を遮って……」
「いいえ、何でもないんです」
私はそう口にして小さく首を振る。
「そうか。何かあったら、遠慮なく言ってくれ」
彼はそう言い残し、荷物をまとめて立ち上がる。
「あまり遅くなるなよ。また明日――」
扉が閉まり、足音が遠ざかる。
一人になったオフィスで、私は椅子に深く身体を沈める。思わず大きなため息が出た。
「声に出なくて、よかった……」
不思議と心をよぎったのは安堵だった。
もし、あと数秒早く言葉を発していたら、彼との距離は大きく離れてしまっていたに違いない。おはようの挨拶も、些細な雑談もなく、私は透明な壁の向こう側へ追いやられていたはずだ。
彼が奥様を愛している姿こそが、私の愛した彼そのものだ。その未来を壊す権利なんて、私にはない。
私は、彼がいなくなったデスクの空気を深く吸い込む。明日も明後日も、私とあなたは背中合わせの関係でいい。向き合わないからこそ、私たちは永遠に平行線のまま、どこまでも一緒にいられる。
「これからもずっと、このままで……」
明日もまた、私は世界で一番冷ややかな同僚の顔をして、世界で一番熱烈に、彼の背中を愛し続ける。
誰にも触れさせない、この一メートルの距離が、ずっとこのまま続いてほしいと祈りながら――。
#ずっとこのまま
昨日のお題『寒さが身に染みて』より
(本日のお題『ずっとこのまま』は改めて投稿します)
前後編で少し長いですが、最後まで読んでもらえるとうれしいです。
※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
タイトル『素手で触れる草は冷たい』(前編)
グループホームの裏庭に伸びた草には、朝の雫が霜となって降りていた。先週刈ったはずの草は既に膝下まで伸びている。ため息と一緒に白い息が小さく漏れた。
雑草というのは何故こうにもしぶといのか。抜いても抜いても生えてくる。その生命力は一体どこから湧いて出るのか――。
数ヶ月前、うつ病で会社を辞めて以来、このグループホームで同じような悩みを抱える人々と共に暮らしている。とは言え、そう簡単に周囲と打ち解けられるほど僕は強くない。
施設職員から受け取った真っ白な軍手に指を通し、誰とも目を合わせることなく、逃げるように裏庭の隅へ腰を下ろす。まだ硬い軍手の生地を馴染ませるように何度か握ったり開いたりしたあと、僕は凍てついた土に指を食い込ませた。
草の先を握り持ち上げる。根っこからズルリと持ち上がった雑草を無造作にポリ袋へと放り込んでいく。本来この地に生えるべき草花のために、無駄な草を排除していく工程に虚しさを覚えながら、黙々と単純な作業を続けていく。
「あいつ、女に逃げられたショックでばっくれたらしいぜ。マジで弱ぇ。戻ってきたら俺が鍛えなおしてやらなきゃな」
耳の後方で、下品な笑い声が響いた。声の主は最近入所した益岡という男だ。ガッシリとした体格に、剃り込みの入った短い髪。威圧感の塊のような彼は、道具も軍手も持たずに地面に胡坐をかき、周囲の連中にデリカシーのない武勇伝をまき散らしている。この施設で、いやこの世界で僕が最も苦手とする部類の男――。なんであんなに強そうな男がここにいるのか、皆目見当もつかない。
周りの連中は、苦笑いなのか同調なのか判然としない曖昧な笑みを浮かべて、彼の話に相槌を打っている。
昔の上司を思い出す。人を小馬鹿にして笑いを取り、自分の思い通りにならないと周りに怒鳴り散らして萎縮させる。あいつのせいで……。
僕のこれまでの人生において、こういう『強さ』を武器にする人間は、いつだって僕を傷つける存在だった。
もうそんな奴らに振り回されたくはない。僕は手元の作業に集中しようと再び地面へと手を伸ばす。
しかし、心ではこれ以上考えないようにしようと思いながら、草を握る手には自然と力が入る。
「結局さ、逃げる奴はどこまで行っても逃げるんだよな。根性がねぇんだ」
益岡の言葉は否応なく耳に入ってくる。僕ではない別の誰かの話。それなのに、まるで僕の背中に向かって投げつけられているような気がした。
期待に応えられず、社会のレールから外れ、逃げるようにこの施設に辿り着いた僕が悪いのか。そんなのは理不尽だ。ずっと心の奥に鍵をかけてしまい込んできた見たくないものを、彼は無理やりこじ開けてくる。
草を握る手が震える。肺に入ってくる空気で心臓の周りに氷を張ったように冷たくなっていく。
ふと、視界の端でカサカサと音を立てて何かが動いた。見れば古い柿の木の根元で、枯れ葉の陰に小さな三毛猫が丸まっていた。
――お前も一人ぼっちなんだな……。
社会の片隅で、誰にも気づかれずに震えているその姿に、僕はたまらなく自分を重ねた。
僕は右手から軍手を脱ぎ去り、怯える猫を傷つけないよう恐る恐る素手を伸ばした。
――大丈夫だから、怖がらないで。
しかし、僕が伸ばした指先は、尽く振るい払われた。その毛並みに触れんとする直前、猫は鋭い悲鳴のような声を上げ、さらに奥の暗がりへと逃げ込んでしまった。
差し出した手だけが、行き場を失って空中に残る。
「……ごめん」
思わず口に出た声は、乾燥した冬の空気をまとったようにガサガサと震えていた。
小さく震える猫の姿に、僕はまだ伸びていた手を引っこめた。いつもそうだ。誰かに触れようとすれば、相手の方が逃げていく。
猫に背を向けて作業に戻ろうとした時、異変に気づいた。
「あれ……?」
さっき脱いだはずの軍手がない。風に飛ばされたのか、枯れ葉の山に紛れたのか。必死に周囲を探したが、どこにも見当たらない。
代わりのものを貰いに行く勇気も、騒ぎ立てる度胸もない。僕は仕方なく、素手のままで草むしりを再開した。
素手で触れる草は氷のように冷たい。千切った雑草はまるで鋭いナイフのように、僕の指先に細かい傷を残し、葉を濡らす水は針のように痛みとなって染み入ってくる。
「おい」
雑草を引き抜いた瞬間に背後から太い声がして、僕は肩を跳ね上げた。聞きたくなかった声だ。雑草からだらしなくぶら下がる根っこが、はらはらと土を落とす。思わず息が詰まる。
「おい、聞いてんのか」
先程よりも荒くなった声に恐る恐る振り返る。視界には木の幹のような二本の足が地面に突き刺さるように立っていた。見上げた益岡の顔は太陽の影になってよく見えなかった。
僕を見下ろす益岡の影がわずかに動き、思わず身を引いた。しかし、次いで彼の口から放たれたのは、あまりにも意外な言葉だった。
『素手で触れる草は冷たい』 後編へ続く――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
タイトル『素手で触れる草は冷たい』(後編)
「おい、聞いてんのか」
背後から響く声に恐る恐る振り返る。視界に立つ二本の図太い脚。益岡の顔は太陽の影になってよく見えない。
自分の姿を想像して思わず自嘲がこみ上げる。いまの僕はさながらあの怯えた三毛猫と変わらないほど縮こまっているに違いない。
僕を見下ろす益岡の影がわずかに動き、思わず身を引いた。
「お前、素手で冷たくねぇの?」
荒い口調に反して益岡の言葉はあまりに穏やかだった。まるで子供が素朴な疑問を投げるように、僕の赤くなった手を見下ろしている。
なんと応えていいか迷いながら、嘘をついても仕方がないと高をくくる。
「……軍手をどこかに失くしてしまったので」
「はぁ? もうひとつもらえばいいじゃん」
益岡の投げる言葉がナイフのように飛んでくる。僕は逃げるように視線を落としながら、また冷たい地面に手を伸ばす。
「いいんです、素手のままで。失くしたのは僕の不注意ですから。これくらい、我慢します……」
目線を手元の草に落としたまま、心の中で放っておいてくれと繰り返す。
「そんな安っちぃ軍手、何個でももらっとけよ」
益岡の口から哀れみを含んだ笑いが漏れる。
この男はどこまで図々しいのだろう。値段の問題じゃない。人から預かったものを失くしたうえに、もうひとつ欲しいなんて言えるわけがない。
僕はルールを守り、人様に迷惑をかけずに生きることでしか自分の存在を肯定できないのに。この人は、そういう人の心というものがこれっぽっちも理解できないのだ。
益岡が突然、作業場の中心にいる施設職員に向かって声を張り上げた。
「おーい! 軍手余ってねぇか?」
静かだった裏庭に響き渡る大声。周囲の手が止まり、視線がこちらに集中する。恥ずかしさで顔から火が出そうだ。
「こいつ軍手失くしちまったんだってよ。ひとつ寄越してくれ!」
もうよしてくれ。顔面が熱い。額から生温い汗が流れ、手のひらがじっとりと湿る。
「はいはい。わかったから大声を出すな」
背中に職員の声が小さく響く。益岡がぶつくさと何かを呟く声が遠ざかる。振り返ると、彼は面倒そうに頭を掻きながら、新しい軍手を手にした職員の元へと歩いていた。
僕は気づけばその背中に羨望を向けていた。あんな風に、他人の目も遠慮も飛び越えて物が言えたら、どれほど呼吸をするのが楽だろうか。
「ほら、使えよ。ったく、要領の悪い野郎だな」
戻ってきた益岡に表情を悟られまいと、僕はまた顔を隠すように下を向く。俯いた膝の上に新品の軍手が放り投げられた。
「……ありがとうございます」
消え入るような声で礼を言う。
ふと、益岡の声が僕の頭の上を飛び越えた。
「お、なんだ。猫か」
さっきの猫のことか。僕は顔を上げて、木陰に向かっていく益岡を視線で追う。彼は、僕があんなに慎重に触れようとして逃げられた猫に迷いなく近づき、大きな手をガサリと隙間に突っ込んだ。すいっと掬い上げられた猫は「ニャー!」と声を上げてもがく。
その姿を見る益岡の目は、どこか悲しげで、それでいて優しい笑みを浮かべていた。
「お前も捨てられたのか。ひどい飼い主だよな……」
益岡の指が、猫の頭を無造作に撫でる。不思議なことに、猫は何度か暴れた後、彼の体温に負けたように大人しくなった。その大きな手にも、彼の口から出る言葉にも、おそらく僕と同じ、あるいは僕以上の深い傷跡があることを初めて悟った。
益岡はしばらく猫を撫でたあと地面に優しく降ろすと、こちらを振り返ってニヤリと笑った。
「お前、友達いないだろ」
はぁ、今までの時間を返してほしいくらいだ。僕は少しだけ、彼に対して心を開き始めていた自分に戸惑いながら、精一杯の反論を口にした。
「デリカシーなさすぎます」
「デリカシー? なんだそれ、聞いたことねぇな」
益岡はそう言うと豪快に笑い、自分の作業場所に戻っていく。
「不器用すぎる……」
小さく呟いたその言葉は益岡に向けたつもりだったが、虚しくも自分自身の胸にぐさりと突き刺さる。
去っていく益岡の背中は何故かとても広く見えた。それは単に体格のせいなのか、僕のなかで彼に対する何かが変わったのか分からなかった。
新しい軍手に指を通す。やっと軍手に慣れてきた手にまた硬い生地の感触が触れる。たった一枚の生地が風を遮るだけでも、不思議と指先がじんわりと温まってくる。
人生なんて所詮そんなもんだ。何かを失くして空っぽになったところに、また新しい何かを身に着けていくしかないんだ。
僕の背に冬の陽光が差す。背中で受けきれない光に、僕の足元に伸びる草が艷やかに輝いた。
素手で触れる草はまだ冷たい。だけど、その冷たさを知っているから、この軍手の温かさに助けられるのだ。
最初はぎこちなくたって、動いていればそのうち自然と慣れてくる。今はひとまず、そんなもんだと思うことにする。
『素手で触れる草は冷たい』-完-
#寒さが身に染みて
※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。
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タイトル『二度目の二十歳』
とうとう二度目の二十歳を迎えてしまった。
思えばあっという間の四十年だった。
大学を卒業してから何度かの転職を経験し、今の専門商社で営業職に就いてから今年で十年が経とうとしている。
北風が冷たく吹き抜ける一月の昼下がり。
営業周りの途中、真新しいスーツに身を包んだ若者の集団が歩いているのを見かけて思わず立ち止まる。
「そうか、今日は成人式だったな……」
独り言が、白く濁って空気に溶けた。
彼らの胸元できつく結ばれたネクタイと比べると、俺のネクタイはくたびれたように形が崩れていた。
二十歳の自分は、今の俺の姿を見て何を思うんだろうか。あの頃思い描いていた四十歳の俺は、まさしく絵に描いたようなステレオタイプだった。
優しく穏やかなマイホームに、妻と小さな子供が二人くらいいて、週末には家族でドライブに出かけて、円満な家庭を持っている。
会社でも『長』とつくようなポジションで部下をまとめ上げ、会社でも一目置かれる存在。
俺がそんな四十歳になれているとは到底思えなかった。
生まれてこのかた結婚には恵まれず、独身の賃貸アパート暮らし。新人に毛の生えたような部下と数字にしか興味のない上司に挟まれ、毎日のように叱られ、尻拭いをする毎日。
「すみません」がいつしか口癖になり、夜はコンビニの弁当を片手に、SNSや動画サイトをぼんやりと眺めている内に気づけば一日が終わっている。
「……こんなはずじゃなかったんだけどな」
理想と現実のギャップを埋めるエネルギーさえ、今の自分には残っていない気がした。
道の向こうで笑いながら大人への道を進もうとしている若者たちからすれば、希望からはほど遠い『つまらない大人』に見えるのかもしれない。
記念写真を撮ろうと歩道の真ん中で盛り上がる若者たち。一人がふざけてバランスを崩し、仲間にぶつかって笑い転げた。そんな無邪気な頃が俺にもあったのだろうか。今となっては思い出すことも難しい。
その時、俺のポケットでスマホが震え、嫌な予感が頭をよぎる。後輩から届いたメッセージ通知の冒頭を読んだだけで、その予感は確信に変わる。
『お疲れ様です』
『やらかしちゃいました』
『見積金額が間違っていたみたいです』
短い言葉で断続的に届く通知。どこか他人事のような文面に多少の苛立ちを覚えつつ、後輩に電話をかける。
数コールの後、スマホの向こうから後輩の震えるような細い声。詳しい状況を聞けば、俺も新人の頃には何度かやらかしたような些細なミスだった。
「とりあえず先方にアポ取っておいて。後の責任は俺が取る。今からそっちに向かう」
電話を切ったあと、小さくため息をついて背広の襟を正す。
街頭の窓ガラスに映った自分の姿を眺める。
目尻には皺が増え、髪にも白いものが混じり始めている。理想としていた『輝かしい四十歳』とはほど遠い。けれど、そこには理不尽に耐え、誰かのミスを肩代わりし、泥臭く毎日を繋いできた男の顔があった。
マイホームや幸せな家庭のような大それたものは持っていないが、守るべき部下がいて、任されている仕事がある。責任と役割のなかに俺はいる。
あの頃は知らなかった。『大人になる』ということは、すべてを忘れることでも、すべてを手に入れることでもない。
大人になればなるほど、自分の無力さに直面することになる。社会における自分の責任と役割のなかに立たされながら、時に誰かの助けを借り、時に誰かに手を差し伸べて、一歩ずつ前に進んでいくしかない。
俺は悴む手でネクタイをきつく結び直す。
「さて、行くか」
踏み出した一歩の重たさは、これまでの経験と責任の蓄積。誇るべき重さだ。
若者たちの歓声が遠ざかり、冷たい風が頬を切る。
四〇歳、二度目の二十歳。漠然とした未来を描いていた二十歳の頃の自分に、こんな人生も悪くはないぞと伝えたい。
理想とは違う形をしているかもしれないが、この地面に残る『大人』の足跡は、あの頃想像していたよりもはっきりとした輪郭を持っている。
俺はこれからも一歩ずつ前に進んでいく。この足跡はこの先ももっと深く力強い形に変わっていくに違いないと心に留めながら。
#20歳
※お題ガン無視です🙏
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詩のようなもの『ボクの冒険』
いつかママが教えてくれた
目の前に二つの道があったら
通ったことのない道を選ぶのが冒険で
どちらも通ったことがなければ
より難しそうな道を選ぶのが冒険なんだって
だからボクは勇気を出したんだ
お皿に乗ったブロッコリーをパクッ
苦いけどこれは冒険だ!
ママがとっても喜んでくれたから
もう一度冒険してみたくなった
ママが教えてくれた
キミが自分で選んだ道なら
それはもう冒険なんだよって
誰かに押されて進む道は
とっても大変な道に見えちゃうんだって
だからボクは自分で進むんだ
お皿に残ったニンジンをパクッ
ブロッコリーよりはまだ平気!
ママが笑顔で笑ってくれたから
ボクは冒険が大好きになった
#詩のようなもの