何気ない日常は、どうやら当たり前ではなかったらしい。
「……最期に…君に逢いたかったなぁ…」
深傷を負って動けずにいた自分の脳裏にキミの顔がよぎった。
そう言ってボクは瞼の重力に耐えきれず瞳を閉じた。
"愛してる…"
ーーーーーー
脳裏
キミには恋情を抱いてる人がいるよね。
だから、僕のこの思いはキミには伝えない。
伝えたところで、なんの意味もないから。
【少し怖いかもしれません】
ーーーーーー
あなたとわたしは同じ。
だってあなたとわたしはいつも同じ服。
だってあなたとわたしはいつも同じ食事。
だってあなたとわたしはいつも同じ部屋。
笑う時も
泣く時も
落ち込む時も
怒る時も
全部一緒。
でも消えちゃった。
あなたは消えちゃった。
割れちゃった。
「新しい鏡を買ってあげるから」
割れちゃった。
割れちゃった。
あなたとわたしは同じ。
あなたとわたしは同じ。
だから、
あなたが消えたらわたしも消えちゃう。
またあなたと同じ世界で生きていく。
あなたとわたしは同じ。
ーーーーーー
あなたとわたし
降水確率96%だったのに傘を忘れた。
いつも基本的に常備している折り畳み傘も生憎家に置いてきてしまった。
一気にテンションが下がる。
一向に止みそうにない雨と数分間にらめっこしながら策を練る。
しかしいい案が浮かばない。
このままでは家に帰るのが遅くなってしまう。
そこで決心した。
雨に濡れて帰ろう。
走ればなんとかなるだろう。
そして勢いよく飛び出した。
硬くて痛い雨。
しかし徐々に弱くなり次第に厚い雲の隙間からほんのり陽がさしてきた。
まるで自分を包み込むように柔らかな雨になっていく。
そうして家に着くと母親が泣きながら誰かと電話していた。
母親はこちらに気がつくと一言二言電話の相手に言って受話器を置いた。
そして、腫れた目で重苦しく言った。
「ばぁちゃんが亡くなっちゃった…」
「え…」
おばあちゃんっ子だっただけに衝撃が大きい。
そして思ったのだ。
きっと今日の雨はばぁちゃんが最期にくれた優しい優しい愛情だったのだと。
ありがとう、ばぁちゃん。
ーーーーーー
柔らかい雨
一筋の光
夜の住宅地をフラフラと酒なんて飲んで無いのに酔ったように千鳥足で歩く。
目的地なんてない。
周りの家からは温かそうな照明の光が窓から漏れている。
どこの家の夕食だろうか。
カレーのいい匂いも漂って鼻をくすぐる。
あぁ、いいなぁ。
暖かそうな光に包まれながら温かいご飯。
羨ましさに涙が浮かんでくる。
どうして自分は今、家を出て寒い中靴下も履かずサンダルで歩いているんだろう。
財布も携帯も身分証も何も持たずにどこにも行くアテが無く、ふらふらふらふらと。
周りは光で溢れているのに自分の周りは真っ暗なようで。羨めば羨むほど周りは暗くなっていく。
「あら!アナタこんな時間にどうしたの?」
不意に声をかけられた。
驚いて声のする方に顔をあげると、60代くらいだろうか、優しそうなおばさんがエコバッグを持ちながらこちらを見ている。
「…」
なにも言えずにただ立ち尽くしてる自分が情けなかった。
挨拶もろくに出来ないんだ、と劣等感に苛まれた。それなのにやっぱり質問にも挨拶にも答えられない。
「……あら?アナタ、そのアザどうしたの?」
その質問にビクリと肩が跳ねた。
思わず隠そうと思ったが隠すものがない。
せめてもの寒さ凌ぎで必死に手に取って羽織ってきた薄手のカーディガン。
それでは隠せるものも隠せないと言うものだ。
「……」
「……」
無言の時間が続く。
どのくらいその時間が過ぎたのだろうか。
10秒?1分?1時間?
分からない。でも長く感じた。
「ねぇ、もし良かったらウチでご飯食べて行って!旦那さんと2人の食事だと味気ないのよぉ!アナタみたいな若い子がいてくれると嬉しいわ!ね?」
先に口を開いたのはあちらだった。
にこにこと優しい笑みを浮かべてエコバッグを掲げた。
うっすら透けて見えるソレは肉や野菜がパンパンに入っていた。
この人は、きっとコチラの事情を察してくれた。
殴る、蹴る、暴言を吐かれる、食事なんてまともに出てきたことなんてない毎日。
下手したら殺されるのではないかと思う仕打ち。
何度も何度も存在を否定され続けてきた毎日。
だけど、今、この時だけは。
この時だけは自分の存在を肯定された気がした。
「…ぃ…」
「え?」
「…はい…ありがとうございます…」
声が震えた。
「ふふ。久しぶりに腕を振るうわよぉ!」
そんな、涙声に気づいたのか気づかなかったのか真意の程は分からないけれどおばさんは隣に並んで歩いてくれた。
そして、1つの一軒家の前についた。
そこから溢れ出る光は、
自分の真っ暗だった心に差した、
一筋の光だった。