一筋の光
夜の住宅地をフラフラと酒なんて飲んで無いのに酔ったように千鳥足で歩く。
目的地なんてない。
周りの家からは温かそうな照明の光が窓から漏れている。
どこの家の夕食だろうか。
カレーのいい匂いも漂って鼻をくすぐる。
あぁ、いいなぁ。
暖かそうな光に包まれながら温かいご飯。
羨ましさに涙が浮かんでくる。
どうして自分は今、家を出て寒い中靴下も履かずサンダルで歩いているんだろう。
財布も携帯も身分証も何も持たずにどこにも行くアテが無く、ふらふらふらふらと。
周りは光で溢れているのに自分の周りは真っ暗なようで。羨めば羨むほど周りは暗くなっていく。
「あら!アナタこんな時間にどうしたの?」
不意に声をかけられた。
驚いて声のする方に顔をあげると、60代くらいだろうか、優しそうなおばさんがエコバッグを持ちながらこちらを見ている。
「…」
なにも言えずにただ立ち尽くしてる自分が情けなかった。
挨拶もろくに出来ないんだ、と劣等感に苛まれた。それなのにやっぱり質問にも挨拶にも答えられない。
「……あら?アナタ、そのアザどうしたの?」
その質問にビクリと肩が跳ねた。
思わず隠そうと思ったが隠すものがない。
せめてもの寒さ凌ぎで必死に手に取って羽織ってきた薄手のカーディガン。
それでは隠せるものも隠せないと言うものだ。
「……」
「……」
無言の時間が続く。
どのくらいその時間が過ぎたのだろうか。
10秒?1分?1時間?
分からない。でも長く感じた。
「ねぇ、もし良かったらウチでご飯食べて行って!旦那さんと2人の食事だと味気ないのよぉ!アナタみたいな若い子がいてくれると嬉しいわ!ね?」
先に口を開いたのはあちらだった。
にこにこと優しい笑みを浮かべてエコバッグを掲げた。
うっすら透けて見えるソレは肉や野菜がパンパンに入っていた。
この人は、きっとコチラの事情を察してくれた。
殴る、蹴る、暴言を吐かれる、食事なんてまともに出てきたことなんてない毎日。
下手したら殺されるのではないかと思う仕打ち。
何度も何度も存在を否定され続けてきた毎日。
だけど、今、この時だけは。
この時だけは自分の存在を肯定された気がした。
「…ぃ…」
「え?」
「…はい…ありがとうございます…」
声が震えた。
「ふふ。久しぶりに腕を振るうわよぉ!」
そんな、涙声に気づいたのか気づかなかったのか真意の程は分からないけれどおばさんは隣に並んで歩いてくれた。
そして、1つの一軒家の前についた。
そこから溢れ出る光は、
自分の真っ暗だった心に差した、
一筋の光だった。
11/5/2024, 2:15:26 PM