──【永遠なんて、ないけれど】──
永遠……とても素敵な響きを持つ言葉だけれど、それが有り得ない事なのは僕が1番知っている。 だって本当に永遠、なんて言葉があったなら僕はこんな……仏壇の前なんかで正座して、妻の写真を眺めていないだろうから。
かつて夫婦の寝室だった部屋は、今は客間として使っている。 そこに妻の、里奈の仏壇が置いてある。 妻は人一倍明るくて、とにかく人と話すのが好きだったから。
とは言ってもお客さんが、まず家に来る事なんてないんだけれど。
「まだ、僕の隣で笑ってくれてても良かったんだよ?」
写真の中で、笑っている里奈はとても素敵だけど、もっともっと沢山の種類の笑顔を交わしたかった。 柚希の誕生日、頑張った日、新しいことが出来るようになった日、何でもない日。 あんまりにも、足りない。
大学生の時に出会って、社会人になって……1度だけ僕の家族が原因で別れそうになったけど君が僕を引っ張ってくれて、結婚した。 長い、長い時間をかけてようやく永遠の愛を誓うことが出来た。
なのに、なのに君は柚希を産んでたったの3ヶ月でこの世を去ってしまった。いや、病気に連れ去られてしまった。僕に守れる術なんて一つも無かった。
「永遠……なんてないんだよ」
思わず持っていた写真立てに少し力が入って、ミシッと音が鳴る。 ツーっと鼻頭から先にが熱くなって、すぐに僕の頬を涙がぽたぽたと沿って落ちていく。 どうやら、また僕は泣いている。
「僕は”泣き虫さん”ですからね~」
ちょっと自虐気味に、そう言って鼻を啜りながら笑う。よく、妻に言われていた言葉「樹くんは泣き虫さんですねー」を思い出して。
『ですからねー、ですからね~』
──その途端だった。 背後から「ですからね~」とどこか、面白可笑しそうな声が聞こえてきたのは。肩をビクンッと揺らしながら後ろを振り向く。
……どうやら、もう。時間だったらしい。 7歳の息子の柚希が小学校から帰宅。 今日の午後は休みだったから迎えに行こうと思ってたのだけど、間に合わなかったかと少し肩を落としながらも柚希の顔を見て「おかえり」と言う。
「えへ!おとー、ただいま~」
それから、コトリと里奈の写真を仏壇に戻してから立ち上がった。 厳密には立ち上がろうとした、のだが見事に床に顎を打ち付ける形で滑り落ちた。足が痺れて動けなかったから。
あまりの情けなさに目をギュッと閉じつつ、なんとも滑稽な自分に喉をクツクツと鳴らすして誤魔化すしか無かった。
「うわぁ……おとー、いたそ~」
「ん、いたい……柚希~柚くん。て、かして」
床から息子を見上げる形で、そう頼みながら片手を上に伸ばすと、グッと両手で僕の腕を掴んで「よいしょっ、よいしょっ」と引っ張ってくれる。
まだ足はじんわりと痺れているが、なんとか立ち上がって近くの壁に手をついて支えにする。 すると、真下の柚希が悪い顔を──おい、まて、待ちなさい。柚希。柚希くん。
なんの知らせもなく、柚希がしゃがみ込み、痺れている僕の足をツンっと突い「あ”っっっっゆずっっぎ!!!」……自分でも喉のどこからそんな声が出るのかと思うほどの、情けない声で叫びながらズルズルとまた床へと逆戻り。
「わぁっっ、はーなーして~」
「い~っや~だ」
リビングに逃げようと駆け出そうとした柚希を、ギリギリで抱きしめるように僕の元へ引きずり込むと、バタバタと小さな反抗をしてきた。 まったく、イタズラ好きは誰に似たんだか。
「きょうも学校、楽しかったか?」
「たのしかったぁ!」
「ならよし、ほらいきなさい」
スっと息を吸ってからそんな質問をすると、100点満点の答えが帰ってきたから、そっと柚希を離す。 まぁ、これ以上抱きしめてると不貞腐れて泣かれる未来が目に見えてたから、なのもあるが。
そして、痺れが消えていた事を確認して改めてゆっくりと立ち上がると、遠くから聞こえてくる、明るい声。
「おとぉ~、はやくきて、はやく! きょーね、たんけんのじかんにねー──」
「はーい、今行くから」
そしてまた、今日も僕は、息子の成長に口角を上げずには居られないのだろう。
【僕ら親子に永遠なんて言葉は必要ない。今この瞬間を目一杯に楽しめるのなら、それでいい】
──【涙の理由】──
──息子の仕草に僕は、目を見開いた。
『おとー、おとー……どーしたの?』
マンションの、ベランダに置かれたパイプ椅子。 そこに座って、飴(本来ならタバコを咥えたかったが、息子も風呂上がりで、ベランダで涼んでる為)を口の中で転がしていた。
目の前の息子、7歳の柚希が夏休みの自由研究で作った【おとーさんとベランダですわるおいす】と貼り付けられたタイトルのままな、木の椅子にちょこんと座っている。そんな仕草を何気なく見つめていたのだが……。
冒頭の通り、息子が妙に首を傾げて、僕の頬をまだまだ小さな両手で掴んでから自分のタオルでパタパタと顔をたたいてきた。 どうやら、僕が泣いているようだ。
「おとー、どこか、いたいいたいの?」
幼稚園の頃よりも、語彙が増えてきた柚希に目尻が緩んだ。それでもまだ、他の子よりものんびりしているのは、おそらく、多分、僕に似ているのだと思う。
「んーん、ありがとうな。柚希」
僕の顔を未だに一生懸命ぽんぽんしていた息子の背中に手を回してギュッと抱き寄せるように近づける。 そして、額と額を付き合わせて、スリスリと。 目と目の距離が近い。 似たような目をした僕たちは同時に目を細めた。
「んもー、おとー、なあにー」
ケタケタとどこかくすぐったそうに笑って、軽い抵抗をする柚希の愛らしさに、また涙が出てきた。さっきとは違う、嬉し泣き?癒し泣き?だ。
「おとーったら、泣き虫さんですねー」
……ほら、まただ。どこか落ち着いた声のトーンで、小学校の先生の口調をなぞるような声色で。 僕から数歩離れた柚希が腰に小さな手を当てて困った顔をして、言ってきた。その言葉がどうしても、妻の、里奈の『樹くんは泣き虫さんですね~まったく』を想起せざるを得なかった。
さっきも、目の前に座ってた柚希が肌寒かったとき、ちょっと両手をさすさすと擦り合わせてから自分のほっぺにあてて顔を温める、(本当に温まっているかは不明だが)そんな仕草もまるで妻のようで。
目の前に居るのは息子なのだと、ちゃんと理解しないと、今すぐにでも里奈、里奈、なんて呼びながら抱きしめてしまいそうだった。
それ故に、僕は高ぶった感情をきっかけに、些細なことでも泣きそうになる……いや、もう泣いている。
それからスッと、片腕で思い切って両目の涙を拭い去り、少し重くなった柚希を抱っこするように立ち上がって、部屋の中に戻る。
「あぁ……」
ふと、冷蔵庫にある今日買っていたものを思い出す。 お風呂上がりのデザートタイムもたまにはいいかもな、と。
「柚希、今日はブドウを買ってきたから、おとーと一緒にたべよう」
「ぶどう!!? うん!あのね!うん!たべる!」
「ははっ……うん。たべようか」
そう言いながらソファーに、柚希を降ろして部屋を見回す。 これでもかというほどの散らかった空間を作り上げていた。 時間が無いとこうなるのはもう、仕方がない。
付けっぱなしだったテレビを消して、それから出しっぱなしのおもちゃを適当に箱にしまう。 正直、散らかした本人にやるのが教育のためだと叱られたら肩を竦めて言い返す事もできない。 だけど一つ言い訳をするのなら、大人が片付けた方が早い時もあるぞって事だろう。
ため息を軽くついてから机を見ると、柚希が冷蔵庫からブドウを取り出して準備をしているのを見て「ふっ」と思わず笑ってしまった。
ゆっくりと近づいて、ゆっくりとブドウを受け取る。手招きしてキッチンへ。 食べる前に洗うことを教えると、そんな些細な事も面白いのか目をキラキラしてる。
……あぁ、そういえばさっきの柚希からの、泣き虫さんですねーに答えてなかった。
「しらなかったか? おとーは泣き虫さんだぞ?」
「えーしってるー」
「あははは……しってたかぁ」
今日もまた、なんてことの無い日常にあたらしい色が塗り重なっていく。
【僕の涙の理由の大体は家族に起因されているな】
──【コーヒーが冷めないうちに】──
静かな午後3時。 リビングの机に座りながらアルバムの整理をしていた。 細く煙をたてるマグカップのコーヒーをお供に。
僕はメガネの真ん中を人差し指でカチャと支えなおしてため息。 どれもこれも、沢山の可愛い柚希で溢れている、故のため息だった。園から購入した質のいい写真と、僕が撮ったブレが多い写真の数々。
写真の主役は目と鼻の先のソファーにコロンっと横になって、すやすやと眠っている訳だが。
「あ……これも懐かしいな」
場所が足りなくて、単にアルバムの中に差し込んでいただけの写真が机の上に落ちてきたから、拾ってみる。 その写真の中の柚希はまだ1歳半かそこら辺。
マンションの共用廊下から、柚希を抱っこしていた僕は、共用廊下の大きな窓の近くで外の景色を楽しんでいた。 「いまとりさんきたぞ!」とか「雲が笑っているよー」だとか、そんな他愛もない事を喋っていた……ような気がする。
その時に、確か買い物帰りのご近所さんに声をかけられて、振り向いた。 その時の写真。まさか撮られるなんて思わずに、ちょっと変な顔をした僕と、親指を口にくわえて、まんまるの瞳で不思議そうにカメラ目線の柚希。
それから少し会話をして、せっかくだからとその時の写真を貰ったのを覚えている。中身はあまり覚えてないけど、多分、柚希の事を可愛い可愛いと言ってくれたのは確かだろう――前を見るとニコニコと笑っている妻も次から次へと写真をとりはじめた
懐かしいね、樹
「あぁ、懐かしい」
……それから、一緒に里奈とも遊んで、家族3人で自撮りしてみたり、他愛もない会話をしたり、
「ねぇ、おとー」
「里奈も覚えてるよね」
僕も満面の笑みでわらって……それでほかの写真もみていく。
どれもこれも、家族3人の写真で”僕と柚希が二人で”ピースをしている。たくさんの写真をみて──〈〈おとーー!!!!!!!!ってばぁぁぁぁ〉〉
ガコンッ……へんな音と痛みで、変なところにぶつけたのか脇腹を慌てて、かるく撫でた。いったい、いまの爆音は……あれ。 ポヤポヤとした目を手のひらの拳でゴシゴシとすると、段々と視界も開けてきた。
……あぁ、そうか。 アルバムを整理している途中で、恐らく、たぶん寝落ちしてしまったのだろう。僕の膝にいつの間にか乗っかって、僕を起こしていたであろう柚希。 その頭に僕の頭をぼふっと軽く預けた。
「おとー、ねちゃってたね」
「ん! ねごといっぱい! かぁかぁのじかん」
「嘘だろぉ……」
息子の言葉に目を剥いて……恐る恐るスマホの電源をいれる。 思わずすぐに消した。確かにさっきまで15:00だと思っていたのに、もう17:30を過ぎようとしている。 せっかくの日曜日、まさかこんなところで寝落ちをしてしまうとは。
アルバムの整理はまた今度か、と少しだけ重いため息をついて、ガサゴソと適当に並べ直してダンボールの箱にしまい込む。
それから、手元に置いていた、コーヒーのはいったマグカップ。 半分以上残っていたそれを、思いきって飲み干した。
「……にがっ」
アイスとはまた別の、冷たさと、美味しくない苦味のコラボに思わず、渋い顔をしながら舌を出していると、柚希はケタケタと笑って、僕の顔を真似してきた。
「おとー、おもしろい」
「水でも飲むかぁ……」
そしてゆっくりと、柚希の脇を掴んで隣の椅子にうつしてから、立ち上がって水を取りにキッチンへ向かった。
【次はコーヒーが冷めないうちにアルバムの整理でもしよう】
──【パラレルワールド】──
ある日の、土曜日。午前7時。 敷布団で僕は頭まで毛布かぶって寝ていた。 せっかくの休日をゆっくりしようと……決意していたのに。
「おとぉーおきなさああい」
「ぐはっっ」
パタパタパタと忙しない足音が聞こえてきたと思った刹那――僕の腹に衝撃が走った。 人の腹に乗っかってケラケラと笑っているのは、紛れもない息子の柚希。先日、6歳になったばかりなのに無邪気さは健在だ。
渋々、毛布から顔を出すと目と鼻の先に柚希の顔。 満面の笑みで僕の鼻をつまんで、そんなに面白いのか笑いこけている。
「ふぁめなあい、ううき(やめなさい、ゆずき)」
「おきないと、あさごはんないって、おかーいってるもん」
その手札を出されたら負けだ。 無いと言ったら本当に無いのが僕の妻だから。
欠伸を噛み殺してから、柚希を胸の中に抱きしめるように起き上がった。 急な浮遊感に柚希も「わわぁっ」と情けない声をあげている。
「今日は、ホットケーキかな? 」
「あーーー!! おえかきするのわすれてた!おとーはなしてぇぇぇ」
さっきの仕返しとばかり、より一層、ギュッと柚希を捕まえる。どうやら、チョコペンでお絵描きする予定だったようだ。 喉をクツクツと鳴らして遊んでいると――ぺしんっっ
「いったぁぁ」
「いい加減におきなさい、樹 」
「いや、起きてた、それにしても酷くない里奈!?」
頭に星が散ったと錯覚してしまった。 いそいそと手のひらで、叩かれた頭を撫でながら見上げると、腰に手を当てた妻の里奈と、里奈の後ろに隠れた柚希が視界に入る。
「もう出来上がるから行こ」
「「はーい」」
柚希と僕で返事の声色もトーンも一緒すぎて、思わず吹き出して笑ってしまう。 里奈もその様子を見て目尻を下げている。
「樹はイチゴジャムでいいよね?」
「ん、ありがとう」
答えつつ、少しだけ甘えるように、片腕を上にあげると、呆れた笑いを浮かべながらも勢いよく僕の腕を引っ張ってくれた。 そして立ち上がる。
そして、今度はさっきまで見上げてた顔を上から見つめる形で頭をぽふっと撫でると、背中を強くバシンッと叩かれる。
「もう! はやくリビングにきて!着替えてからね……柚希もだからね!」
どうやら、少し照れたらしい妻が愛らしくて、無意識に口の端があがってしまった。それから、僕の布団の近くに雑に投げられていた柚希の着替えを先に掴む。
当の息子は準備満タンだったようで、既にバンザイをして待っていたから、そのままパジャマ裾を掴んで上にバフッと脱がせる。
そしてすぐに、パーカーを上から着させて、ズボンをちゃちゃっと履かせたら柚希の支度は完成だ。 着替えてすぐに柚希が「おかーちょこぺん」と走り出したのをみて、思わず「おとーを、おいてくなよ」と呟いた僕は悪くない。
そして僕も、適当に着替えてからリビングに顔を出すと既に何枚かホットケーキは焼きあがっていた。 椅子に座る。 向かい側に里奈。 その里奈の隣に座って、肩に頭を預けるようにニコニコ笑っている柚希。
今日もまた、家族3人の幸せな休日がやってくる。
「おとおみて!これ、おとー」
「ハハッ……なんだこれ……さて食べるか」
「そうねそうね!私もお腹すいちゃったわ!」
みんなで目を合わせて、両手をパンっと合わせて「いただきます」
……こんな幸せが続けばいいのに。
でも、だけどこれは。
「いつき!私のバターとって」
「はいはい」
「おとー!僕も!」
「はいよー」
こんな、どこの家庭にも有り得る、幸せな日常は、どれも全てが……。
【有り得たかもしれない、1つの世界線に過ぎないのだから】
──【時計の針が重なって】──
僕は急いでいた。 6歳の息子の、最後のお遊戯会に向かうために。
前々から休みの予定を申請していたと言うのに、色々な要因が重なって、どうしても午前中は仕事に行かなくては行けなかった。何とか有給を午後でもぎ取ったものの、それでもギリギリ。
昼食も一緒に食べられないからと、お弁当を用意して、絶対に午後の息子の、柚希の出番は見るからな、と何とか説得して登園して行った息子を裏切る訳には行かなかった。
息子の出番は13:30分~50分。 シンデレラの王子様という何とも大きな役を演じるらしい。 ここで見なきゃ一生、後悔してもし切れないのは目に見えている。
信号待ちに、顔を歪めながら、腕時計を見ると既に13:20分になろうとしている。 この場所から早歩きでも15分はかかる。 開演にはもう間に合わないかもしれない。
ここに来るまでにも随分と走ったせいで、汗もダラダラと流れ、シャツもまるで濡れ鼠の様だったし、運動不足に加え、ただでさえ喫煙者の僕の肺はもう限界寸前だった。
太ももを何とか叩きつけて、青になったと同時に走り始める。
―間に合え、間に合えッ……間に合えッッッ!
一心不乱に僕は走る。
情けなく、途中で足がもつれてしまい、酷く転けてもろにぶつけたひざ、それからザザザッと手のひらを滑らせた時に掠らせた手のひらもジンジンと熱を持って痛い。 ズボンを捲れば恐らく、血だって流れてるだろう。
昔の僕なら、ここで音をあげて座り込んでたかもしれない。だけど、僕は1人の父親で、ヒーローだ。ヒーローを待っている子がいる。 だから頑張る。未熟だけど、それでも、僕は。ヒーローだから。
そして……ついに僕は園の前までたどり着く事が出来た。 いそいで受付のあるピロティに向かうと、年少組の親御さんが居た。 僕を見つけて酷く安堵した表情をしている。
「ゲホッゲホッ……ついた」
「清水さんッッッ!よかっ……その怪我どうし……」
駆けつけてきたその人は僕の怪我に目を見開いてたけど、状況を悟ってくれたのか、すぐに舞台に案内してくれる。 園の体育館。既にドアの前には園長先生がいて、顔パスで通してくれた。
中は薄暗く、舞台だけがライトアップされていて、静かだ。見覚えのある、柚希の同じ兎クラスの子ども達が覚えた演技を頑張っている。
時計は13:39分を示していた。 あと10分を必死に見届けようと、一番後ろの壁に背中を預ける……どうやらシンデレラは勘違いで、内容は白雪姫を下敷きとしたストーリーのようだった。
白雪姫役の女の子が、立ったまま両手を重ねて頬にあてて、眠りにつく。 その周りを小人役の子どもたちが、可愛らしい曲と歌でくるくると回っている。
そして40分。 馬の鳴き声の音と共に現れたのは、王子様の衣装を着ている柚希。 必死に柚希も覚えたであろう、動きと歌で白雪姫の正面で演技している……だけどその声が震えているのは、僕のせい。
「しろい、おはだ、ぼくのおひめさまに、」
そう言って、柚希が白雪姫役の子の両腕を握って、歌を歌うと女の子は徐々に目を覚まし、ゆっくりと踊り始めた。ここからフィナーレに入るのだろう。
45分、登場人物が全員揃い、フィナーレは開幕した。開幕と同時に一際大きな楽器の音が体育館全体に響き渡る。
(うん……柚希、がんばれ)
そしてそのフィナーレの最中に僕は柚希に見つかった。
目と目があったけど、僕は目だけ細めて応援をする。遠目からでも柚希の顔が真っ赤になって行くのがわかる。だけど、踏ん張っているようで必死に笑顔を保ちながら……今までで1番の笑顔、声量で歌を頑張っている。
それからゆっくりと、カーテンが幕を降りていくのをみながら、溜まっていた涙を指で拭う。
「……大きくなってるなぁ、柚希」
僕は拍手の先陣を切って、パチパチと大きな音を立てて叩いた。
【いくらズレたって、僕は柚希の秒針に追いつくよ】