通りすがりの空想好き@作品に繋がりあり

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10/2/2025, 2:04:39 PM

──【遠い足音】──

びしゃびしゃに濡れている額が心地よい。 ひとり親……父親として6歳の息子を育てている僕が倒れている暇なんてないのに、数年ぶりに風邪で寝こけてしまっている。

「おと~、いたいいたいとんでゆけぇ」
「ん、ありがと」

そして、そんな僕をヨシヨシとしてくれているのが息子の柚希だ。 本当に優しくて賢い息子に思わず涙が出る。

濡らしたタオルを、小さな手で一生懸命絞っている音を耳に何秒か目を閉じては、開けて息子の様子を見守る。

「げほっげほっ……」

あまりの辛さに鼻もツーンと赤くなって、片腕を両目に乗せる。それから額に乗せてくれていたタオルをとって顔を拭く。 正直、まだ悪寒もあるが、寝てばかりも居られない。

柚希の「だめだよ、おと~」って言葉に軽く微笑んで、ベットの縁を支えになんとか立ち上がる。節々が痛くて思わず背中をさすりながら。くいくいと袖を引っ張られると、今の僕はすぐにベットに戻されてしまいそうだ。

「柚、おかゆたべよっか」

そういえば、まるで仕方ないなと言わんばかりの大人びた表情で僕の手のひらを掴んでくれる。それに応えるように僕もギュッと握り返した。

「「へへ」」

2人揃って同じタイミングで顔を合わせて笑う。照れ笑い、というやつか。流れで柚希の頭をぽふっとしてから、冷蔵庫をあける。

「あれ? たまごない、」
「おとぉーこっちだよ」
「ははっ……はぁ、しまった」

冷蔵庫の中身を何度見回しても買ったばかりの卵がないと焦っていると、下から声が聞こえてきてハッとする。道理で探しても見つからないわけだ。
僕は、なぜか野菜室を探していた。

そして、卵を取り出してキッチンに置いて、今度は机に置いていた冷やご飯を鍋に入れてから水もいれて中火にかける。

塩と鶏ガラを少しだけいれて、時々混ぜながらぶくぶく沸騰するのを待って、味噌を適量いれる。既にこの時点でいい香りだ。

「ん~いーにおい」
「でしょ~?」

全ては亡き妻に教えてもらったレシピなんだけど。 僕は妻と付き合うまで卵焼きさえろくに作れなかったから。 外食が当たり前の人生だった僕に手取り足取り料理を教えてくれたのが妻だった。

「おと~たまご!たまご」
「あ……らら」

卵を片手に持ったまま、入れるのを忘れていたみたいだ。これが一番、仕上げに欠かせないのに。お椀に卵を入れてカチャカチャと溶かしていく。

サラサラになったのを確認して、お鍋の中に円を書くようにいれたら、お箸で素早く3周回す。すぐに強火にして数秒。 火を消したら大丈夫。
これで胃に優しい、ちょっとしたお粥(雑炊)のできあがり。

「このまま、たべちゃおっか」

僕は、鍋を持ち、息子には鍋敷きとスプーンをふたつ渡す。 そして一緒にダイニングテーブルまで向かった。

今日は、隣同士で座って食べるらしい。いつもは向かい側に息子が座っているから少し新鮮な気持ちだ。

先にお粥を息子のスプーンですくってから「熱いよ」と注意して口元に持っていく。すると何度もフーフーした後にパクッと口に入れ、慌てたようにはふはふと。 それが少し面白くて、笑いながら僕も1口「あつっっ」……どうやら、人のことを笑える立場になれなかった。

息子と同じ轍を踏んだ僕は、涙目になりながらはふはふはふと口の中でお粥を冷ます。

「おと~おなじっ」
「ははっ……ちがいない」


妻の味のするお粥を食べているそのうちに、いつもは遠い3人家族の足音。
それがなんだか、今日だけは「清水樹」「清水里奈」そして2人の宝物の「清水柚希」幸せな3人の足並みが”タンッ”と揃った音が耳元で響いた気が、する。

いまもほら、きっと妻が「いただきます」なんておちゃらけた口調で笑ってることだろう。






【今日の僕は息子から風邪を貰ったけど、息子のおかげで今日もなんだかんだで幸せです】

10/1/2025, 1:53:01 PM

──【秋の訪れ】──

「こら、熱いから近寄らない」
「はあ~い」

……返事は立派なのに、意味が無いらしい。 僕はいま、6歳の息子、柚希と一緒にオーブンの中のさつまいもを眺めている。

本当は台所でやっても良かったのだが、買ったばかりのさつまいもを大事そうに抱えて「ぼくも、みるの~!」と人質ならぬ芋質をされては仕方がない。
渋々、僕の目線の高さにあったオーブンをリビングの床に置いた。

オーブンの目の前で正座している柚希は、オーブンの暖かさでほっぺが赤くなってきているのに、それでもどんどんと顔を近付けるから、僕は温まるどころか冷や汗との戦いだ。定期的に柚希の左肩の洋服をグイッと掴んで遠ざけてやらないと、いつか本当に火傷してしまいそうだったから。

「おいもさんまだかなぁ~」
「アルミホイルで包んでるのにたのしいか?」
「ん!たのしい」

ふ~んと、言いながらほっぺに手を当てて、僕は息子の顔見る。 目をキラキラとさせながら、何が楽しいのかじっと見続ける。

「ぼくね~ようちえんでね~みんなでおいもけーき!こんどつくるの!」
「……へぇ~、楽しそうだね」
「うん! たのしみなんだ~」

とつぜん始まった会話に僕は一瞬だけ言葉につまってしまった。 それにしても、そうかスイートポテトか。

「美味しくできたらいいな」
「ん!おと~にもあげるの~!」
「本当か? それは嬉しい」

会話の流れでふわふわな息子の髪の毛をぽんぽんと撫でると、目をぎゅっと細めて満更でもなさそうな笑顔をみせてくれる。 やっぱり僕は君の笑顔が大好きだ。

「んもう~おとーなぁに」
「んーっなんでも、ないよ……おっと、お芋さんそろそろいいかな?」

今度は、強めに頭をポフポフとしてから僕はミトンを手に、息子と場所を交換する。 「熱いからちかよらないでね、本当に」と一言加えながら。

そしてオーブンから、お盆の上に1本のさつまいもを乗せる。シャカシャカとアルミホイルの音。 隙間隙間から白い煙がもわもわと出ている。

それから、甘そうな香り。 全てが100点満点だった。

「ん~美味しそう~!」
「美味しそうだな~」

右手はミトン、左手に濡れ布巾。ローテーブルのお盆からそっとさつまいもを持ち上げる。半分に割ろうと両手に力をかけるが、2つの装備をもってしても、熱さが手のひらに随分と伝わってくる。

「あちち」
「あっちち? おと~大丈夫?」
「ん、平気だよ」

とは言いつつも、あまりの熱さにじんわりと目に涙が溜まってしまう。
それからふわっと芯が半分に割れる。 綺麗な黄色とオレンジのグラデーションが姿を現した。

「わぁ~すごーい」
「すごいなぁー」

息子の言葉にニコニコとしつつ、割ったさつまいもを1度、お盆に戻してから僕は急いでミトンを外す。 真っ赤になっている両手パタパタと仰がせる事で少しでも熱さを和らげたかった。

「おと~だいじょうぶ?」
「へーき……ちょっと冷めるまで待ってようか」

そう言って、ソファーに2人で座る。 なんだか少し疲れてしまって、あくびをひとつ。

「おいもさん、たのしみだねー」
「秋は、絵本にご飯に運動、だからね」
「そうそう」






【でもやっぱり、秋は食欲の季節から、だよね】

9/30/2025, 1:25:14 PM

──【旅は続く】──

なんてことのない休日の午後。 僕はリビングのソファーに座りながら、僕は随分と久しぶりに小説を読んでいた。

いつもなら、一息つこうと座った所で、数分もしないうちに「おと~、おと~」と6歳になる息子からの会話が止まらないから、小説を読んでいる暇なんてない。

しかし、こうしてのんびりと小説を読めているのは単に息子が僕の相手をしてくれないからである。さっきまで言っていたことと矛盾しているけど、話しかけられなきゃ、話しかけられないで随分と寂しいものだ。

昔なら数十分もあれば数十ページは読めていたのに、今は三ページも読めていなかった。 暇さえあれば、リビングの床で遊んでいる息子の様子ばかり見てしまうからである。

男の子ならみんなが通る道(なのかもしれない)おもちゃの線路と電車を床いっぱいに広げて遊んでいる。
柚希と仲良くしてくれていた、同じマンションに住む2個上のお友達が、もう遊ばないからと譲ってくれたおもちゃだ。

「せんろ、、はつーづく~よっどーこまっでもお」

昔から歌われてきた曲を柚希が口ずさんでいる訳だが、本当に可愛らしくて口の端が引き攣ってしまう。 所々、性格の面では妻に似てる所も多い柚希であるが……どうやら、ドがつくほどの音痴も妻に似たようだ。

「もう、こんな時間か」

ふと、欠伸を噛み殺しながら腕時計をみてみると既に15:00を過ぎていた。

冷蔵庫にチョコ菓子を入れていたのを思い出してスっと立ち上がる。細長い筒状のクッキーに満遍なくチョコがかかってるやつは何歳になっても美味しい。

大学生の頃に、妻……里奈の家に招待されたときもよくこのお菓子を二人で食べていた。 しかし当時、その食べ方に随分とカルチャーショックを覚えたものだ。

氷水の入ったグラスに里奈が「これいいんだよね~」と言いながらチョコの面から直で水の中に漬けたことが。
あまりにも、非現実的な状況になんども目をこすっていると、まるで僕の方が有り得ないとばかりに反論をされた「この食べ方を知らないなんてなんてもったいない」と。

最初は慣れなくて手が進まなかったが、時間を重ねるうちに、いつの間にか僕も無意識に(特に夏場は)この方法でお菓子を食べるようになった。

「……よし」

そしてそれは、今も変わらない。

氷水の入ったグラスに数本だけいれて、残りと共に、ソファーの前のローテーブルに置いた。 これでおやつタイムの準備は完了である。

「柚希~そろそろお菓子にしようか」
「ん~大丈夫」
「うそでしょ」

1人で、ノリノリでお菓子を準備していた事に気付いて固まる。 いつもならお菓子の単語に飛びついてくるはずの息子に爆速で断られた。 僕やお菓子には目もくれず、一生懸命線路を組み立てている。

だけど、ここまでおやつタイムを準備したのだ。 そうおもって、首筋をポリポリとかきながらもう一度こえをかけてみる。

「ほら、たべないと、柚くんのも、おとー食べちゃうよ?」
「いいよ~」
「”うそでしょ”」

今まで経験したことの無い返答に、やはりドギマギしてしまい、仕方なく1人、震える指で菓子を摘んでパキっと食べた。ヒヤリと美味しい……美味しいが寂しくて泣きそうである。

「柚希~、おとー寂しいな?」
「ん~」

相変わらず、こちらを見てもくれない柚希に僕はショックを覚えて、ちょっとだけ唇を三角にしてしまう。 それから、もう一本を口に入れて、いそいそと柚希の目の前に座った。

どうやら今日の構ってちゃんは完璧に僕である。 だって、あまりにも寂しいから。

「おとー、さわんないでね」
「……あ、うん。はい」

そして、大人の出番は無いらしい。もう、おとーのハートは一つも残ってないかもしれない。 そう思いながら胡座をかいて肩を竦める。

なにか柚希の癪に触ることでもしたかと一瞬、脳裏をよぎってしまったが、なんの心当たりもない。 とにかくすごく集中して遊んでいる。

「線路、長いなぁ」
「ん、おか~のところも繋げるの」
「そっかぁ」

どうりで、やけに細長い路線が出来ていると思った。 でも、問題がある。

「線路、あと少しで無くなっちゃうな」
「うん、でも、あのね。 電車さんの旅はどこまでも続くの……サンタさんがいっぱいお願いするもん」
「そっか、そっかぁ」

まさかこの流れで、クリスマスプレゼントのヒントを得ることになるとは思わず、口では平然を装いながら慌てて脳内に記憶する。
このまま行けば、今年のプレゼントは決まりだ。

「柚希。 こんど一緒に本物の電車つかってどこかいこうか?」
「いく、いきたい!いきたーい!」

その言葉で、ようやく顔をみてくれた柚希に僕は目尻を下げて笑い返した「うん、うん。いこうか」

「あ!おと~おかし!たべてるずるい!」
「さっきから言ってたからな!ぜんぶおとーのだもん?」
「おとぉーのいじわるぅ~」

どうやら、さっきまでの会話のほとんどが空返事だったようで、いまになってお菓子の争奪戦が始まった。



【僕ら親子の旅は、今日も通常運転。 そしてそれはこれからも続けていきます】

9/29/2025, 12:25:40 PM

──【モノクロ】──
これはもしも僕が息子を『育て』『愛し』『守る』と”誓わなかった”場合の話だ。



――今日も僕は、ただ仕事に行って帰るだけ。 真っ暗なマンションへ。 ドアノブを回して、靴を玄関の縁に引っ掛けるように雑に脱ぎながら中に入る。 タバコ臭いリビングに入ってそうそう、僕は上着をソファーの上に脱ぎ捨てて、そのままタバコを口に加える。

「……今日も、疲れたな」

唇で加えたタバコが落ちないように、呟いてからライターを取り出した。 カチッカチッと何回か鳴らしてボッと火がつく。 顔をライターに近付けて紙を燃やす。

「スー……ッ」

黙々と立ち込める煙を口の中に溜め込んで、燻らせてからゴクンと飲み込んで、息を吐いた。

「僕なんか……」

そっと呟きながら、僕は目を閉じる。多々思う。こんな、僕なんかが血の繋がった息子を育てられるわけがなかった、あの日の僕が正解だったんだと。

息子が産まれて、3ヶ月。病に倒れた妻の死を僕は受け入れる事が出来なかった。 毎日、毎日泣き止む気配を見せない赤ん坊に僕はノイローゼを起こしかけた。 赤ん坊と同じか、それ以上に泣いて、泣いて、泣き散らしていたのが懐かしい。

ろくに、息子の名前も呼べなくなり、顔も見れなくなって……ただ、人形のように必死に頑張った。社交的でない僕には頼れる人なんていない。 実の母や父もとっくの昔に縁切りをしていた。

ふっと目を閉じて、眉にシワを寄せる……あぁ、そういえば、ある真夜中も、そんなただ、ただ苦しいとしか思えない日常の中で起きたんだっけな。

妻を亡くした当時、自分の食事もままならないのに、汚れ散らかした真っ暗な部屋の中で、僕は腕の中にいる小さな赤ん坊にミルクを飲ませていた。

お腹がすいていると思ったから、用意したのに肝心の赤ん坊は飲んでくれない。 こんなことでイライラするなんて僕らしくないと、思っていても耐えられなかった。 飲まずにちゅぱちゅぱと遊んでいる息子から瓶を取り上げ――その子に向けて振り上げ、、、切れなかったんだ。

……気がづいたら、遠くの床に割れている瓶と飛び散っているミルク。 それから耳をつんざくほどの赤ん坊の泣き声。体を凄い勢いで揺らして、顔を真っ赤に泣いていた。

そんな息子を見て、僕はヨシヨシと揺らすことさえしなかった、出来なかった。

ただ、体育座りをして、床で精一杯泣いている息子をボーッと見つめていた……らしい。 と、言うのも瓶を振り上げてから先の記憶は朧気でしか無かったから。

結局は、物が割れる大きな音と泣き止まない赤ん坊の声を聞いた近隣の方から通報が入り、やってきた警察官に僕は諭された。 それから色々な手続きの後に僕は入院。 息子は専門の施設へと預けられた。

当初は僕の様子を見て、赤ん坊がお父さんの元でしっかりと育てられるように、と周りのスタッフは懸命にサポートをしてくれていた。 だけど、情けないことに、僕が僕自身を鼓舞してやる事が出来なかった。

最愛の妻が産んでくれた2人の宝物だったハズの赤ん坊に、結果として怪我は無かったものの、そんな大切だったはずの存在に手をあげかけた自分が信じられなかったし、有り得なかった。

その経緯から、僕は一定のサポートを受けた後に、赤ん坊を里子として送り出す決意を固めた。

そしてそれを機に、僕の人生に山も谷も無くなった。お腹がすいたらコンビニで弁当を買って、眠かったら寝て、時間が来たら仕事に行く。 その繰り返し。

妻によって、色とりどりにされた僕の人生は、自分自身の手で枯らした。もう、枯れた僕の心に花が咲くことは一生ない。

――そんな過去を思い出していたら、いつの間にか1本目のタバコが終わってしまった。

狂ったように2本目のタバコを取り出して、1本目と同様に火をつけて加える。
僕の人生は、もう朽ちていくだけ。

長生きもしたくないし、だからといって、死んで妻に早く会いたいのかと言われたらそれはそれで違う。
だって、単純に、妻に合わせる顔がないから。

……あぁ、それにしても眠くなってきた。 まだ2本目は吸い始めたばかりで長かったけど、近くの灰皿にジュッと押し付けてそのまま床に寝転がる。 フローリングが冷たくて、気持ちいい。

お風呂に入るのはまた明日に回そうか。
もう、今日は……、なにも考えたくない。

「この、空のどこかにいるあの子に幸あれ……なんちゃってね」

願う資格のない男が、ロマンを追って自分で捨てた息子の幸せを祈るのがどこかバカバカしくて、自嘲気味にため息をついて、右腕を両目に乗せて、物理的に視界を暗く落とす。


僕は、僕の選択に後悔は無い。それなのになぜか漠然とした考えが脳を支配する。








【僕が笑っていた未来があったかもしれないと思えて仕方がないんだ】

9/28/2025, 1:35:53 PM

──【永遠なんて、ないけれど】──

永遠……とても素敵な響きを持つ言葉だけれど、それが有り得ない事なのは僕が1番知っている。 だって本当に永遠、なんて言葉があったなら僕はこんな……仏壇の前なんかで正座して、妻の写真を眺めていないだろうから。

かつて夫婦の寝室だった部屋は、今は客間として使っている。 そこに妻の、里奈の仏壇が置いてある。 妻は人一倍明るくて、とにかく人と話すのが好きだったから。
とは言ってもお客さんが、まず家に来る事なんてないんだけれど。

「まだ、僕の隣で笑ってくれてても良かったんだよ?」

写真の中で、笑っている里奈はとても素敵だけど、もっともっと沢山の種類の笑顔を交わしたかった。 柚希の誕生日、頑張った日、新しいことが出来るようになった日、何でもない日。 あんまりにも、足りない。

大学生の時に出会って、社会人になって……1度だけ僕の家族が原因で別れそうになったけど君が僕を引っ張ってくれて、結婚した。 長い、長い時間をかけてようやく永遠の愛を誓うことが出来た。

なのに、なのに君は柚希を産んでたったの3ヶ月でこの世を去ってしまった。いや、病気に連れ去られてしまった。僕に守れる術なんて一つも無かった。

「永遠……なんてないんだよ」

思わず持っていた写真立てに少し力が入って、ミシッと音が鳴る。 ツーっと鼻頭から先にが熱くなって、すぐに僕の頬を涙がぽたぽたと沿って落ちていく。 どうやら、また僕は泣いている。

「僕は”泣き虫さん”ですからね~」

ちょっと自虐気味に、そう言って鼻を啜りながら笑う。よく、妻に言われていた言葉「樹くんは泣き虫さんですねー」を思い出して。

『ですからねー、ですからね~』

──その途端だった。 背後から「ですからね~」とどこか、面白可笑しそうな声が聞こえてきたのは。肩をビクンッと揺らしながら後ろを振り向く。

……どうやら、もう。時間だったらしい。 7歳の息子の柚希が小学校から帰宅。 今日の午後は休みだったから迎えに行こうと思ってたのだけど、間に合わなかったかと少し肩を落としながらも柚希の顔を見て「おかえり」と言う。

「えへ!おとー、ただいま~」

それから、コトリと里奈の写真を仏壇に戻してから立ち上がった。 厳密には立ち上がろうとした、のだが見事に床に顎を打ち付ける形で滑り落ちた。足が痺れて動けなかったから。

あまりの情けなさに目をギュッと閉じつつ、なんとも滑稽な自分に喉をクツクツと鳴らすして誤魔化すしか無かった。

「うわぁ……おとー、いたそ~」
「ん、いたい……柚希~柚くん。て、かして」

床から息子を見上げる形で、そう頼みながら片手を上に伸ばすと、グッと両手で僕の腕を掴んで「よいしょっ、よいしょっ」と引っ張ってくれる。

まだ足はじんわりと痺れているが、なんとか立ち上がって近くの壁に手をついて支えにする。 すると、真下の柚希が悪い顔を──おい、まて、待ちなさい。柚希。柚希くん。

なんの知らせもなく、柚希がしゃがみ込み、痺れている僕の足をツンっと突い「あ”っっっっゆずっっぎ!!!」……自分でも喉のどこからそんな声が出るのかと思うほどの、情けない声で叫びながらズルズルとまた床へと逆戻り。

「わぁっっ、はーなーして~」
「い~っや~だ」

リビングに逃げようと駆け出そうとした柚希を、ギリギリで抱きしめるように僕の元へ引きずり込むと、バタバタと小さな反抗をしてきた。 まったく、イタズラ好きは誰に似たんだか。

「きょうも学校、楽しかったか?」
「たのしかったぁ!」
「ならよし、ほらいきなさい」

スっと息を吸ってからそんな質問をすると、100点満点の答えが帰ってきたから、そっと柚希を離す。 まぁ、これ以上抱きしめてると不貞腐れて泣かれる未来が目に見えてたから、なのもあるが。

そして、痺れが消えていた事を確認して改めてゆっくりと立ち上がると、遠くから聞こえてくる、明るい声。

「おとぉ~、はやくきて、はやく! きょーね、たんけんのじかんにねー──」
「はーい、今行くから」

そしてまた、今日も僕は、息子の成長に口角を上げずには居られないのだろう。







【僕ら親子に永遠なんて言葉は必要ない。今この瞬間を目一杯に楽しめるのなら、それでいい】

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