通りすがりの空想好き@作品に繋がりあり

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──【モノクロ】──
これはもしも僕が息子を『育て』『愛し』『守る』と”誓わなかった”場合の話だ。



――今日も僕は、ただ仕事に行って帰るだけ。 真っ暗なマンションへ。 ドアノブを回して、靴を玄関の縁に引っ掛けるように雑に脱ぎながら中に入る。 タバコ臭いリビングに入ってそうそう、僕は上着をソファーの上に脱ぎ捨てて、そのままタバコを口に加える。

「……今日も、疲れたな」

唇で加えたタバコが落ちないように、呟いてからライターを取り出した。 カチッカチッと何回か鳴らしてボッと火がつく。 顔をライターに近付けて紙を燃やす。

「スー……ッ」

黙々と立ち込める煙を口の中に溜め込んで、燻らせてからゴクンと飲み込んで、息を吐いた。

「僕なんか……」

そっと呟きながら、僕は目を閉じる。多々思う。こんな、僕なんかが血の繋がった息子を育てられるわけがなかった、あの日の僕が正解だったんだと。

息子が産まれて、3ヶ月。病に倒れた妻の死を僕は受け入れる事が出来なかった。 毎日、毎日泣き止む気配を見せない赤ん坊に僕はノイローゼを起こしかけた。 赤ん坊と同じか、それ以上に泣いて、泣いて、泣き散らしていたのが懐かしい。

ろくに、息子の名前も呼べなくなり、顔も見れなくなって……ただ、人形のように必死に頑張った。社交的でない僕には頼れる人なんていない。 実の母や父もとっくの昔に縁切りをしていた。

ふっと目を閉じて、眉にシワを寄せる……あぁ、そういえば、ある真夜中も、そんなただ、ただ苦しいとしか思えない日常の中で起きたんだっけな。

妻を亡くした当時、自分の食事もままならないのに、汚れ散らかした真っ暗な部屋の中で、僕は腕の中にいる小さな赤ん坊にミルクを飲ませていた。

お腹がすいていると思ったから、用意したのに肝心の赤ん坊は飲んでくれない。 こんなことでイライラするなんて僕らしくないと、思っていても耐えられなかった。 飲まずにちゅぱちゅぱと遊んでいる息子から瓶を取り上げ――その子に向けて振り上げ、、、切れなかったんだ。

……気がづいたら、遠くの床に割れている瓶と飛び散っているミルク。 それから耳をつんざくほどの赤ん坊の泣き声。体を凄い勢いで揺らして、顔を真っ赤に泣いていた。

そんな息子を見て、僕はヨシヨシと揺らすことさえしなかった、出来なかった。

ただ、体育座りをして、床で精一杯泣いている息子をボーッと見つめていた……らしい。 と、言うのも瓶を振り上げてから先の記憶は朧気でしか無かったから。

結局は、物が割れる大きな音と泣き止まない赤ん坊の声を聞いた近隣の方から通報が入り、やってきた警察官に僕は諭された。 それから色々な手続きの後に僕は入院。 息子は専門の施設へと預けられた。

当初は僕の様子を見て、赤ん坊がお父さんの元でしっかりと育てられるように、と周りのスタッフは懸命にサポートをしてくれていた。 だけど、情けないことに、僕が僕自身を鼓舞してやる事が出来なかった。

最愛の妻が産んでくれた2人の宝物だったハズの赤ん坊に、結果として怪我は無かったものの、そんな大切だったはずの存在に手をあげかけた自分が信じられなかったし、有り得なかった。

その経緯から、僕は一定のサポートを受けた後に、赤ん坊を里子として送り出す決意を固めた。

そしてそれを機に、僕の人生に山も谷も無くなった。お腹がすいたらコンビニで弁当を買って、眠かったら寝て、時間が来たら仕事に行く。 その繰り返し。

妻によって、色とりどりにされた僕の人生は、自分自身の手で枯らした。もう、枯れた僕の心に花が咲くことは一生ない。

――そんな過去を思い出していたら、いつの間にか1本目のタバコが終わってしまった。

狂ったように2本目のタバコを取り出して、1本目と同様に火をつけて加える。
僕の人生は、もう朽ちていくだけ。

長生きもしたくないし、だからといって、死んで妻に早く会いたいのかと言われたらそれはそれで違う。
だって、単純に、妻に合わせる顔がないから。

……あぁ、それにしても眠くなってきた。 まだ2本目は吸い始めたばかりで長かったけど、近くの灰皿にジュッと押し付けてそのまま床に寝転がる。 フローリングが冷たくて、気持ちいい。

お風呂に入るのはまた明日に回そうか。
もう、今日は……、なにも考えたくない。

「この、空のどこかにいるあの子に幸あれ……なんちゃってね」

願う資格のない男が、ロマンを追って自分で捨てた息子の幸せを祈るのがどこかバカバカしくて、自嘲気味にため息をついて、右腕を両目に乗せて、物理的に視界を暗く落とす。


僕は、僕の選択に後悔は無い。それなのになぜか漠然とした考えが脳を支配する。








【僕が笑っていた未来があったかもしれないと思えて仕方がないんだ】

9/29/2025, 12:25:40 PM