──【涙の理由】──
──息子の仕草に僕は、目を見開いた。
『おとー、おとー……どーしたの?』
マンションの、ベランダに置かれたパイプ椅子。 そこに座って、飴(本来ならタバコを咥えたかったが、息子も風呂上がりで、ベランダで涼んでる為)を口の中で転がしていた。
目の前の息子、7歳の柚希が夏休みの自由研究で作った【おとーさんとベランダですわるおいす】と貼り付けられたタイトルのままな、木の椅子にちょこんと座っている。そんな仕草を何気なく見つめていたのだが……。
冒頭の通り、息子が妙に首を傾げて、僕の頬をまだまだ小さな両手で掴んでから自分のタオルでパタパタと顔をたたいてきた。 どうやら、僕が泣いているようだ。
「おとー、どこか、いたいいたいの?」
幼稚園の頃よりも、語彙が増えてきた柚希に目尻が緩んだ。それでもまだ、他の子よりものんびりしているのは、おそらく、多分、僕に似ているのだと思う。
「んーん、ありがとうな。柚希」
僕の顔を未だに一生懸命ぽんぽんしていた息子の背中に手を回してギュッと抱き寄せるように近づける。 そして、額と額を付き合わせて、スリスリと。 目と目の距離が近い。 似たような目をした僕たちは同時に目を細めた。
「んもー、おとー、なあにー」
ケタケタとどこかくすぐったそうに笑って、軽い抵抗をする柚希の愛らしさに、また涙が出てきた。さっきとは違う、嬉し泣き?癒し泣き?だ。
「おとーったら、泣き虫さんですねー」
……ほら、まただ。どこか落ち着いた声のトーンで、小学校の先生の口調をなぞるような声色で。 僕から数歩離れた柚希が腰に小さな手を当てて困った顔をして、言ってきた。その言葉がどうしても、妻の、里奈の『樹くんは泣き虫さんですね~まったく』を想起せざるを得なかった。
さっきも、目の前に座ってた柚希が肌寒かったとき、ちょっと両手をさすさすと擦り合わせてから自分のほっぺにあてて顔を温める、(本当に温まっているかは不明だが)そんな仕草もまるで妻のようで。
目の前に居るのは息子なのだと、ちゃんと理解しないと、今すぐにでも里奈、里奈、なんて呼びながら抱きしめてしまいそうだった。
それ故に、僕は高ぶった感情をきっかけに、些細なことでも泣きそうになる……いや、もう泣いている。
それからスッと、片腕で思い切って両目の涙を拭い去り、少し重くなった柚希を抱っこするように立ち上がって、部屋の中に戻る。
「あぁ……」
ふと、冷蔵庫にある今日買っていたものを思い出す。 お風呂上がりのデザートタイムもたまにはいいかもな、と。
「柚希、今日はブドウを買ってきたから、おとーと一緒にたべよう」
「ぶどう!!? うん!あのね!うん!たべる!」
「ははっ……うん。たべようか」
そう言いながらソファーに、柚希を降ろして部屋を見回す。 これでもかというほどの散らかった空間を作り上げていた。 時間が無いとこうなるのはもう、仕方がない。
付けっぱなしだったテレビを消して、それから出しっぱなしのおもちゃを適当に箱にしまう。 正直、散らかした本人にやるのが教育のためだと叱られたら肩を竦めて言い返す事もできない。 だけど一つ言い訳をするのなら、大人が片付けた方が早い時もあるぞって事だろう。
ため息を軽くついてから机を見ると、柚希が冷蔵庫からブドウを取り出して準備をしているのを見て「ふっ」と思わず笑ってしまった。
ゆっくりと近づいて、ゆっくりとブドウを受け取る。手招きしてキッチンへ。 食べる前に洗うことを教えると、そんな些細な事も面白いのか目をキラキラしてる。
……あぁ、そういえばさっきの柚希からの、泣き虫さんですねーに答えてなかった。
「しらなかったか? おとーは泣き虫さんだぞ?」
「えーしってるー」
「あははは……しってたかぁ」
今日もまた、なんてことの無い日常にあたらしい色が塗り重なっていく。
【僕の涙の理由の大体は家族に起因されているな】
9/27/2025, 8:53:58 PM