柔らかそうな頬が、柔らかい光に照らされている。
「引っ張ったら、おもちみたいに伸びそう」
ぷに、という擬音がぴったりで。思わずつつこうとして、思い直し、ぴたりと手を止める。許可なく触るのは、非常によくない。訴えられたら負ける、なんて考えて、思わずふふと笑う。
春の風が、前髪を揺らす。あたたかな日差しに、思わずあくびがもれる。春の気持ちのよい日、待たせてしまった友人の寝顔に、余計に眠気を誘われる。
部室が閉まるまで、まだ時間はある。起きるまで待っていようと決めて、古いパイプ椅子を引っ張り出した。
言葉にできない気持ちを、文章という形にした。書き溜めたノートに、新たな文を綴る。
春はまだ、はじまったばかりだ。
まさに春爛漫、という言葉がぴったりだった。
空を仰げば、まるで空を覆うように咲き誇る桜。精一杯に背伸びをする枝たちが、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。
スマホを掲げて、かしゃりと撮影してみる。
小さな機械の中に切り取った一瞬は、肉眼で見る世界とは違って見えて。この柔らかい空気は、この瞬間の気持ちは、止まることなく通り過ぎていく。
──今度は一緒に来たいな。
最後にもう一度桜を見上げ、もう振り返ることなく帰路につく。
地面いっぱいに広がった、桜の絨毯を踏みしめながら。
ずっと願っていたさ。
光る何かを持っていたらいいな。
何の才能もなかったけどね。
誰よりも、ずっと。
ちかりちかりと点滅する街灯。眼下に広がる暗闇。冷たい手すりへと寄りかかった。金属製の手すりは鈍く光り、街灯の灯りを反射している。生ぬるい風が、湿った頬を撫でる。
気丈に振る舞っていた君が、「少し疲れた」とその場にへたり込む。
投げ出した足には血が滲んでいた。靴はどうしたのだろう、どこかに置いてきたのか、落としたのか。どちらにしても、探しに行く気にはならなかった。
「これからも、続いていくのかな?」
闇の中に、光を探そうと目をこらした。たった数刻前のことだというのに、ひどく懐かしく感じる。“あの子”は。今もあの、空気の酷くじめりとした──あそこにいるのだろうか。
「そうだろうね」
きっと。これからも、ずっと。
あるのは、夜の静寂。何も見ることは出来ない。冒険は終わった。後はもう、日常に帰るのだ。
「安らかに……」
そう、強く願う。
“あの子”の魂が、天へと還れるように。
沈む夕日。不思議な色の空。
古い校舎の大きな窓。いつもの場所。
記憶の中。あの窓から、夕日なんか見えたかな?
あの窓から見えた景色。思い出せない。
「心が洗われるよ」
君が言っていた。それだけは、何故かはっきりと憶えている。きっと綺麗な夕日が。紫、ピンク、オレンジ、不思議な空が見えていたんだろう。思い出せないけれど。きっと。
──沈む夕日に思いを馳せて。