bye bye…
間に合わなさそう
その日、魔法使いのマグは、とある街のギルドを、彼の相棒と共に訪れていた。
「うん。平和な街でいいね。」
「……ああ。」
ギルドの掲示板に貼られた「依頼書」は、薬草の調達と調合、小型動物の狩猟、住居関係の問題解決など、簡単で平和な内容ばかりだ。
「よし。これにしよう。」
マグが手に取った依頼書は、とある老夫婦の家の庭の整備だった。彼の相棒、狼獣人のラッタは、それを受け取って、ギルドの窓口に向かう。
「すまない。これを。」
「うわっ!びっくりしたぁ。狼獣人さんかぁ。」
「……これを。」
「ああ、はいはい。今、書類出すよ。」
ラッタが差し出した依頼書を受け取った窓口の受付の男は、帳簿をめくり始める。
「狼獣人さんが、街に出てくるなんて珍しいね。森で一族で暮らしてるってイメージだけど。」
「彼は、私の相棒なんだ。」
マグがラッタの隣に並ぶ。
「私の方が、相棒に相応しいがな。彼は、私の主人の用心棒をしている。まぁ、図体がでかいのは良い事かも知れないな。一緒に居ると、無駄にでかいと感じる事も多いが。最近も」
「コンペキ。」
マグの肩に乗っている彼の使い魔、オキナインコのコンペキがまくし立てるのを、マグが止める。
「へぇー。使い魔が居るなら、あんたは魔法使いか。うちの街へようこそ。はい。これが仕事先だよ。」
受付の男は、依頼主の住所が書かれた紙を差し出す。
「ありがとう。」
「うちのギルドは後払い制度だから、依頼主のサインを貰ってきて。」
「分かった。」
「セイジ、行こう。」
「ああ。」
マグはラッタの事を、人前では、セイジと呼ぶ。ラッタが自分の名前を嫌っている事を知っているから。
二人と一羽がギルドを出ると、足元に一匹の猫が擦り寄ってくる。
「コット。また来たのかい?」
コットと呼ばれた猫はニャーと声を上げる。コットはラッタの足元から離れようとしないので、歩きづらくなったラッタによって、彼の肩掛けカバンに入れられてしまう。コットはニャッと不機嫌そうな声をあげる。
『もっとスリスリしてもよかろう?』
「歩きづらい。」
『我は神ぞ?気に入られている事を喜べ。』
自称神様であるコットは、フンっと鼻を鳴らすと、そのまま鞄の中で寝だす。
「まったく、この猫は。どこからともなくやってきては、俺たちの邪魔をする。本当に神様なのか?それらしい所を一度も見た事が無いが。大体、」
「コンペキ、今日はおしゃべりだね。」
「一段と、うるさいな。」
「うるさいとは何だ!狼の分際で、俺の事を、やいやい言うんじゃない。大体、お前は図体がデカいだけで、」
「コンペキ。喧嘩しないよ。」
マグはコンペキのくちばしに、チョンっと触れる。すると、コンペキはチチチ、ピヨヨと、囀りだす。マグが魔法をかけたのだ。マグの耳を不満そうにつつきながら、囀り続けるコンペキ。隣を歩いているのが街中では珍しい狼獣人であるラッタなのもあって、マグ一行は、注目の的だ。ヒソヒソ声が聞こえたり、興味津々の子供達が寄って来ようとしたり。だが、ラッタが視線を向けると、みんな黙ってしまう。目付きが鋭い事は、ラッタ本人も自覚していた。
しばらく歩くと、依頼主の家に着く。ドアをノックすると中から現れたのは、優しそうな老夫婦。
「あらあら、いらっしゃい。本当に大きいわねぇ。」
「ギルドの人から連絡を貰ってね。大きな獣人さんが行くから、と。力仕事だから、嬉しいよ。」
「早速なんだが」と庭へ案内されると、草が伸びて、小さな森のようになっている。
「いつもは植木屋さんを頼むんだが、今年は腰を痛めてしまったらしくて。」
「時期を逃してしまったのよ。」
「どれ、道具はこっちだ。私が若い頃使っていたのがある。」
ご主人とラッタが納屋に行くのを見送り、マグは庭を見渡す。
「綺麗な庭ですね。」
「そうかしら。荒れ放題だけれど。」
「あれは、梅の木。それに、ここには水仙が埋まってる。毎年、手入れされているんでしょう。」
「ええ。そうよ。よく分かったわね。」
コンペキが「当たり前だ」と言わんばかりに囀る。
「あら。かわいい鳥さんね。お名前は?」
「コンペキです。羽が青いから。」
「そうね。綺麗な碧色だこと。」
ご婦人が指を差し出すと、コンペキは擦り寄って見せる。これは、依頼主の機嫌を損ねないためだ。決して、褒められて嬉しい訳じゃない。と、コンペキは心の中で言い訳をする。
『ふん。どれ、婆よ。我も可愛がるといい。』
ラッタが庭先に置いた鞄から、コットが、ニャーと鳴きながら登場する。
「あらあら。こっちは可愛い猫ちゃんだこと。」
「彼は、コット。」
「毛並みがアプリコット色だから?」
「はい。」
マグはニコリと笑う。ご婦人が、コットを撫で始めると、ラッタとご主人が、鎌と麻袋を持って戻ってくる。
「これ。この袋に刈った草を詰めるといい。」
「ありがとうございます。それじゃあ、始めようか。」
「ああ。」
「危ないので、後ろに下がっていてくださいね。」
マグは、コンペキをご婦人に任せると、庭に立つ。マントから取り出した魔法の杖を大きくすると、地面に陣を書き始める。草で見にくいが、まぁ、そんなに複雑な魔法でも無い。
「何をやっているのかね?」
「お二人とも、俺の後ろに居てください。」
「?……ああ。」
ラッタが、二人を庇うように立つと、コンペキとコットも、ラッタの背後に隠れるように、身を縮こませる。何かを呟いたマグが、陣の中央に杖を突くと、突然、強風が吹き始める。
「うわっ!」
「俺に掴まって。」
振り返ったラッタが二人と二匹を抱き締めるように守る。ゴオッと吹いた風は、一瞬で、そよ風に戻る。二人が恐る恐る覗き込むと、生えていた雑草が、陣の上に集まっていた。
「ええっ?!」
「セイジ、後は頼む。」
「ああ。」
バトンタッチするように、ラッタは庭に入り、陣の上の雑草を麻袋に詰めていく。
「あなた、魔法使いだったのね!」
「まぁ、はい。」
「杖も箒も持っておらんから、そうとは気が付かんかった。」
「いつも収納して運んでるんですよ。」
そう言って、マグは、杖を小さくして、マントの中へ戻す。
「あら、じゃあ、もしかして、この二人は?」
「コンペキは私の使い魔です。コットの方は違うけど。」
「あら、そうなの。可愛いのにねぇ。」
ご婦人は、足元のコットに手を伸ばす。
「うちで飼ってあげようかしら。」
「いえいえ。コットは彼の事が好きで。どこに行っても着いてくるんですよ。」
マグは、庭の隅に残った雑草を丁寧に抜いているラッタを指さす。コットは、ニャーと鳴いて、ラッタの方へ駆けて行った。じゃれついてくるコットに呆れながら、ラッタは残った草を刈っていく。
「あっという間に、片付いちゃうわねぇ。」
「そうだ!アレをお出しして!」
「あらあら。忘れてたわ。ちょっと待ってて頂戴。作業の休憩用にと、買っておいた、お菓子があるのよ。」
「どれ、わしも、お茶を淹れるのを手伝おう。」
「そんな気になさらないで。すぐに終わりますから。」
マグが困った顔をしてみせるが、依頼主たちは笑顔で玄関へと向かう。
「いいんだ。この老いぼれ達に付き合うと思って!私達のサインが無いと帰れんだろ!」
そう言い残すと、バタンっと中へ入っていってしまう。
『ふん。いいじゃないか。老い先短い者に付き合うのも長寿の者の宿命だ。』
ラッタに邪険にされたコットがマグの足元に戻ってくる。
マグは、魔法で自身の寿命を伸ばしている。限界はあって、不老不死にはなれないが、それでも普通の人間よりは長生きだ。彼には、夢がある。この世界の綺麗な景色を、自分の目で確かめ、全て写真に収める。その夢のために、ありとあらゆる国を旅している。
マグの肩に舞い戻っていたコンペキが、マグの顔に頭を擦り寄せる。彼の使い魔のコンペキも、彼が命を落とすまで、傍に居続けたいと願っている。
「そうだな。」
マグの視線は、刈った草を麻袋に詰めているラッタに向いている。マグもコンペキも、たぶん神であるコットも、ラッタと同じ時を生きていない。一番最初に生を終えるのは、狼獣人のラッタだろう。体躯が良く、みんなを守ってくれる、心強い仲間であるラッタ。彼と別れる前に、彼と一緒に、より多くの景色を隣で見たい。マグは、そんな風に思っている。
「手を繋いで」後日書くかも
その日、ユウヒは、湖畔にアウトドア用のリクライニングチェアを広げて、本を読んでいた。今日は、調合魔法用の材料を森に調達しに来て、ついでに読書タイムを楽しんでいる。最近、過ごしやすくなってきた。暖かい空気の中、時折、湖から涼しい風が吹いてきて、頬を撫でる。ユウヒは夢中になって本を読んでいて、気が付いたら、もう夕暮れだ。
「ふぅ。帰るか。」
推理小説では、二つ目の事件が終わった所だ。残りページから考えるに、この先は、いよいよ事件解決編といった所だろう。
「ソワ……レ?」
ユウヒが肩に伸ばした手が空を切る。そこは、彼の使い魔、ハツカネズミのソワレの定位置だった。反対側の肩にも、ソワレは乗っていない。ユウヒは焦る。
今日は、高い枝の先に付く木の芽を採集するのに、ソワレにも付いて来て貰ったはずだ。足元の籠にも、その芽が入っている。
先にソワレだけ帰宅させた?いや、それは無い。魔法空間で迷子にならないように、ソワレを外に連れ出す時は、いつもユウヒが一緒だ。ソワレ一人を家に飛ばす魔法など使わないし、一度家に帰った記憶も無い。
「どこだ?!」
ユウヒは座っていた椅子から、ガバッと立ち上がる。
「ソワレ!」
後ろを振り向くと、すっかり暗くなった森の木々が、みっしり並んで、こちらを見ている。
『んー?』
その時だった。意思疎通魔法で繋がっているソワレの声がする。この魔法が効いているという事は、近くには居るはずだ。
「ソワレ!どこにいるんだ?!」
『ふわぁぁぁ。ここ。』
「うわっ!」
ユウヒの首の後ろに、何か小さくて冷たいものが当たった。思わず悲鳴を上げて、首の後ろに手をやると、その手に、ソワレがよじ登ってくる。
『何騒いでるの?』
「ソワレ!どこ行ってたんだ?」
『どこって、マントのフードで寝るわね、って言ったでしょ。』
「言って……たかも。」
『もー、また心ここに在らずで返事してたの?本に、のめり込むのも程々にしてよね。』
定位置の肩に乗ったソワレは、ユウヒの頬を、小さな手で、ペチペチと叩く。
『ここは、外なのよ?危険な目に遭ったら、どうするの。』
「……結界張ってるから、大丈夫だし。」
気まずくなったユウヒは、無言で椅子を片付け始める。畳んだ椅子と収穫物が入ったカゴを、魔法で、自宅の魔法棚に飛ばす。
「ソワレ。帰るぞ。」
『ハイハイ。帰ったら、夕飯の時間ね。すっかり遅くなっちゃった。』
「うん。」
ユウヒは、読みかけの本を抱え、ソワレを手にそっと包んだまま、マント魔法で湖畔から自宅へと飛んだ。
「大好き」って、人を幸せにするわね。
「ミナミさん!」
「ん?どうしたの?」
「ファキュラ、ミナミさんが、だいすきです!」
「ありがとう。私もファキュラのこと大好きよ。」
「えへへ。」
ファキュラは嬉しそうに笑うと、また、お絵かき帳に向き直す。画用紙の上には、ファキュラとニシと私。……多分。愛玩用の魔物のファキュラには、幼児並の能力しか無いらしく、毎日のように絵をたくさん描いても、あまり上達はしていない。それでも、最初の頃よりは、上手になった。自分の顔の上に、猫の耳を付けるのを忘れなくなったし、髪の毛の色と長さで、人を分けて描けるようになった。
「おや、ファキュラは、お絵描き中かい?」
「シショーだ!こんにちは!」
「はい。こんにちは。」
同じ家に済むガク師匠が書斎から出てくる。
「ガク、お茶でも飲む?」
「ああ。じゃあ、貰おうかな。」
「ファキュラも、休憩しようか。」
「はいっ!」
お茶を入れるべく、キッチンに向かう。ヤカンを火にかけて、ポットに茶葉を入れる。まぁ、茶葉さえあれば、お湯は一瞬で作れるんだけど。私は、お湯を待つ、この時間も好きだ。
「ミナミさん、て、あらいたいです。」
「おいで。洗面所行こうか。」
「はい!」
「ガク、お湯見といて!」
「はいよ〜。」
リビングから、ガク師匠の間伸びた声が聞こえる。ファキュラの背を押して、洗面所に向かう。背後でカチっと火の消える音がしたけど?ミナミが戻ってくる頃を見計らって、魔法でお湯を沸かす気なんだろう。まったく。
洗面所で、ファキュラを魔法でちょっと持ち上げる。これで、ファキュラ自身で、手が洗えるようになる。踏み台の代わり。手にハンドソープを出してやると、ファキュラは小さな手を合わせて、洗っていく。
「ファキュラ、爪を出せる?」
「はい!」
ぴょこっと出てきた爪を洗ってやる。クレヨンの色で、カラフルになっていた爪も、ピカピカになる。
「はい。流して。」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。」
石鹸を流し終わったファキュラを床に下ろし、手先を風魔法で乾かす。タオルで拭いて貰おうと思ったら、爪が引っかかって、タオルがボロボロになってしまった事があった。まぁ、ニシは気にせず、拭かせているようだけど。
ピカピカになった手を、嬉しそうに眺めているファキュラを連れて、キッチンに戻ると、ちょうどお湯が湧く。
「ガク、ありがとう。」
「ああ。」
「ファキュラも、向こうで待ってて。」
「はい!」
ファキュラがタタタっと、リビングへ走っていく。ポットへお湯を注いだ。
「シショー、あのね!」
「ん?」
「シショーも、だいすき!」
「ありがとう。私もファキュラが好きだよ。」
「だいすき?」
「ああ。大好き。」
「うふふ。」
最近のファキュラは、「大好き」が、ブームみたい。彼が一緒に暮らしている弟弟子のニシは、素直に「大好き」を返してくれないらしく、落ち込んでいたけど。
「さぁ、お茶が入ったわよ。ファキュラは、りんごジュースね。」
「わー!ファキュラ、りんごジュース、だいすき!」
ニコニコと満面の笑みを浮かべるファキュラ。こんなに可愛い魔物を見た事が無い。ほんとに可愛い。大好き!