くまる

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その日、ユウヒは、湖畔にアウトドア用のリクライニングチェアを広げて、本を読んでいた。今日は、調合魔法用の材料を森に調達しに来て、ついでに読書タイムを楽しんでいる。最近、過ごしやすくなってきた。暖かい空気の中、時折、湖から涼しい風が吹いてきて、頬を撫でる。ユウヒは夢中になって本を読んでいて、気が付いたら、もう夕暮れだ。

「ふぅ。帰るか。」

推理小説では、二つ目の事件が終わった所だ。残りページから考えるに、この先は、いよいよ事件解決編といった所だろう。

「ソワ……レ?」

ユウヒが肩に伸ばした手が空を切る。そこは、彼の使い魔、ハツカネズミのソワレの定位置だった。反対側の肩にも、ソワレは乗っていない。ユウヒは焦る。
今日は、高い枝の先に付く木の芽を採集するのに、ソワレにも付いて来て貰ったはずだ。足元の籠にも、その芽が入っている。
先にソワレだけ帰宅させた?いや、それは無い。魔法空間で迷子にならないように、ソワレを外に連れ出す時は、いつもユウヒが一緒だ。ソワレ一人を家に飛ばす魔法など使わないし、一度家に帰った記憶も無い。

「どこだ?!」

ユウヒは座っていた椅子から、ガバッと立ち上がる。

「ソワレ!」

後ろを振り向くと、すっかり暗くなった森の木々が、みっしり並んで、こちらを見ている。

『んー?』

その時だった。意思疎通魔法で繋がっているソワレの声がする。この魔法が効いているという事は、近くには居るはずだ。

「ソワレ!どこにいるんだ?!」
『ふわぁぁぁ。ここ。』
「うわっ!」

ユウヒの首の後ろに、何か小さくて冷たいものが当たった。思わず悲鳴を上げて、首の後ろに手をやると、その手に、ソワレがよじ登ってくる。

『何騒いでるの?』
「ソワレ!どこ行ってたんだ?」
『どこって、マントのフードで寝るわね、って言ったでしょ。』
「言って……たかも。」
『もー、また心ここに在らずで返事してたの?本に、のめり込むのも程々にしてよね。』

定位置の肩に乗ったソワレは、ユウヒの頬を、小さな手で、ペチペチと叩く。

『ここは、外なのよ?危険な目に遭ったら、どうするの。』
「……結界張ってるから、大丈夫だし。」

気まずくなったユウヒは、無言で椅子を片付け始める。畳んだ椅子と収穫物が入ったカゴを、魔法で、自宅の魔法棚に飛ばす。

「ソワレ。帰るぞ。」
『ハイハイ。帰ったら、夕飯の時間ね。すっかり遅くなっちゃった。』
「うん。」

ユウヒは、読みかけの本を抱え、ソワレを手にそっと包んだまま、マント魔法で湖畔から自宅へと飛んだ。

3/20/2025, 8:28:57 AM