遠くの町へ
ゼルダやその他アドベンチャー系のゲーム・アニメが大好きな私がこのお題を見た時は、なんかまた次の冒険とか旅に向けて…みたいなとてもワクワクする感じにも想像してしまいましたが。
一応私もこの春で高校を卒業し大学へ進学するので、一旦は今まで住んでいた場所ともおさらばとなります。
思うと感慨深く感じるものもあります。
今までの私の人生、丸々18年間住んできた所なので。
今まで住んできた所を発ち、そしてまた新たな場所へと進出するーー。
そう思うと、これも始めに述べた冒険の話に近い所があるのかもしれないですね。
…少し考え方が大げさになってしまうかもですが。
それでも、心の中だけでも、人生は面白い(と思う)方が良いと考える人間なので。
大げさでもそう思い、気持ちを高めながら前へ進みたいです。
人生は気分楽しく進んで行こう。
人生は冒険だ。
人生はゼルダみたいなもんだ(?)
そう思いながら、私はこの後の4月から頑張って行くのでしょう。
頑張ります。
現実逃避
私自身、「現実逃避」という言葉はあまり好きに思いません。
友達を見るとたまに現実逃避という言葉を口にしたり、時には実際に現実から逃げているような行動をしたりするのを聞きますが。
私自身は、現実逃避という言葉、行動をあまり良く思わない人間です。
だって、いくら逃げたって「現実」は「現実」としてその人の元にあるのだから。
どんなに現実を悲観的に見ようと、それでも最後は絶対に「現実」に向き合わなければいけないのだから。
それを考えると、もし近い未来に嫌な現実があった(あると感じた?)としても、逃げずに早いうちから行動した方が絶対に成功しやすいだろうという考えを私はします。
私自身その考えで、嫌に感じるイベントを翌日に控えた時や、進路(色んな意味での進路)が難局だった時であっても、一時的に現実から逃げるという選択肢は1ミリも持たず、それで今までの人生をある程度は成功させてきながら、もうすぐ18歳を迎える今この頃まで乗り越えてきました。
(あまりにも酷が過ぎる状態にはなったことも無いのでその点は言及できないですが)
なので、私は「現実逃避」という言葉を良くは思わない。
どうしてもその言葉を好きには思えません……でした。
ところが、最近になって、ほんの少しだけ考えが変わったところもあります。
大学入試に推薦で勝利を収めた私は、好きだったゲームをまたやり始めるようになり。(ちなみに私はゼルダが大好き)
また過去の私は音楽やエンタメには本当に縁が浅く何も知らない人間でしたが、最近はアニメの葬送のフリーレンをたまに観るようになりました。シーズン1から。
なんか、やっぱ、凄いよね。
ゼルダもフリーレンも、なんか、やっぱりなんか良い。
私の語彙で表現するのが難しいが、なんかめちゃくちゃ良いんです。
ストーリーも勿論とても良くて毎回痺れるのですが、ゼルダもフリーレンも作中の舞台や世界観自体がとても好みです。
良い感じなファンタジー?なのが本当に好きです。(恐らく「良い感じなファンタジー」が自分の思う最適な表現)
そしてそのようなコンテンツで楽しんでいると、たまにふとこう感じます。
今私が楽しんでいるのは、間違いなく「現実」ではないと。
勿論のことです。あのような世界観は言ってしまえば仮想的なもので、今の現実の世界には(一般的には)存在しません。
なので、今の「現実」とは別のものを、私は楽しんでいる。
これって、ある種「現実逃避」とも言えるのでは?、と。
現実逃避?なのでしょうか?
言い訳するつもりは全くないですが、「現実から逃げてる」訳じゃなく「嫌でもない現実から少し抜けだしてそっちの世界にお邪魔させて頂く」と言うこともできるでしょうか?
そう考えると、あまり良く分からなくなってきます。
そしてこのようなことを考えながらこのお題に沿って文章を書くと、ほんの少しだけ考えが整理された気分になりました。
なので少し文面を改めることにします。
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「現実のみと向き合い続けるべし」とは言わない。
「現実」以外のもので楽しむのも、1つの良い事。
但し、「今・この先の現実が嫌だから」というのを背景に、現実に背を向いて一時の楽を求めたり現実を先延ばしにするのは、やはり良いとは思わない。
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こうかな。
これでほんの少しだけ自分の考えがまとまった上、ほんの少しだけ自分に都合の良い考えにもなった気がします。
物憂げな空
私の住んでいる地域では、今日はかなり快晴でした。
普通に見るならば、とても物憂げと言えない程度に気持ちの良い気候でした。
しかし、物憂げ、と言う程ではないですが、自分の中に少しの不安がよぎり、心を満たしきれない部分があります。
思えば、私の推薦入試の時もこんな空だったかもしれないと思います。
11月下旬。当日の朝、戦地へ歩いて行った時。
恐ろしいほど気候が良く、歩いていて気持ちが良かったことを覚えています。
いつもなら「めちゃくちゃ天気良いな」と言って気分よく過ごすのですが、当時はその空をあまり十分に楽しめない自分がいました。
まあそりゃそうです。これから受験に行くんだから。
少しは気分が良くなりますが、流石に心の焦りを完全には無くせません。
それでも、ある種の皮肉かのように、空はとても良く晴れてくれるのです。
易しくもあり、同時に自分の焦りを目の当たりにさせるかのようにも。
その日の空は晴れてくれました。
と、それに似た雰囲気の心のざわつきを今日感じていました。
推薦入試に合格した今の私でも、この日は少し心が落ち着きません。
私の友達の多くが、国公立大学の二次試験に出かけています。
彼らにとって私を悪くは思っていないのは十分に分かりますが。
LINEか何かで応援しても、恐らく当事者にとってはかえって迷惑になりそうだ。
そう思った私は、自分から応援の言葉を掛けるのは止め、ただただ黙って友の武運を祈るのみです。
空を見る。
今日の空は、私が勝負したあの日よりも晴れていたと思います。
恐らく今日は雲も見ていません。
しかしそれでも、十分に気持ちを良くできません。
心の中には薄暗い雲が掛かっている様に思います。
友達の方では、それでも、少しだけでも晴れてくれることを信じて。
………
こちらでは明日は曇りらしいです。
それでも大丈夫。
今日は快晴だったし、友達も多分そうでしょう。