商業施設の屋上に庭が作ってあった。中に入ってみると、木に緑色の丸いものがたくさんなっている。近づくとリンゴだった。こんなところに? ビルとリンゴ? 不思議な気分になった。リンゴはまるまるとして生命力にあふれている。
まだ日差しも強く、半袖を着ていた。目の前を何かが横切った。トンボだ。奥の一角にトンボがたくさん飛んでいた。そこには、もふもふの緑の毛玉や、ふさふさのついた秋の草が生えている。トンボは上下したり、回ったりして楽しげだ。
植物や虫は、どうやって秋の訪れを知るのだろう。かすかな大気の移り変わりでわかるのだろうか。日がかげると、清々しい風が腕に触れる。そろそろ長袖かな。生き物たちより少し遅れて、秋の準備を始めてみることにした。
「秋の訪れ」
街で、素敵な香りをまとっている人に出会うとはっとする。何の香りかなと、鼻を思わずクンクンさせてしまう。香水が好きで、色々と試している。お気に入りを見つけるのは、なかなか大変だ。最初の一吹き、トップの香りはいいなと思っても、ミドル、ラストと変化していくとあまり好みではないということもある。
店で試すときは、必ず自分の肌にものせてもらう。そして、その日一日は香りの変化をみる。そうやって気に入ったものを見つけても、季節が変わったりすると、何となく今日はこの香りの気分じゃないなと思うこともある。
季節が移りつつある今、それまでの香りが合わない気がしてきた。また新しい香りを探してみたくなる。もっと合う香りがどこかにあるのかもと思っているのだ。なかなかキリがない。でも、そんな香りを追い求める旅が続いている。
「旅は続く」
「もう長いこと世界がモノクロに見えるような気がする」と言っている人がいた。失恋したのだそうだ。そのことがずっと心に残っていた。
終わったのだと思った瞬間、世界からすっと色が失われたような気がした。例の人が言っていたことが分かった。それから長くモノクロのような世界で生きてきた。色は見えているけれど、はっきりしない。コンタクトレンズの調子が悪いと思うほど。
昔、コンタクトを初めて入れた日、世界はこんなに明るかったのかと思った。空はくっきり青く、物の輪郭ははっきりみえる。夜なんて、星のきらめきと街灯の灯りまでもがきれいだった。メガネの視界とは全然違って、カラフルな世界。心が踊って何でもチャレンジできる気がした。
そんなキラキラな感じが、ずっと続くと思っていた。
もちろん、コンタクトのせいではない。自分の中だけに閉じこもっても色は戻ってこなかった。でも、やっとまた人を信じてみようかと思えた時、少し色が見えた。また光と彩りのある世界へ移っていける気がした。
「モノクロ」
歩いていると、顔に当たる風が気持ちいい。少しひんやりしている。うーんって思いっきり伸びをしたくなるほどだ。今日の朝も涼しかった。クーラーなしで寝ることができるのは、なんて健やかなんだろう。朝起きたときの疲労感が全然ちがう。もう少し眠っていたくなる。
薄い衣類を軽く羽織って快適でいられるのが一番いい。こんな時期がずっと続けばいいのに。人はもっと穏やかに過ごせるのではないかなんて思ってしまう。
季節に限らず、いい瞬間はずっと続かない。でも色々と乗り越えた先に、次のいい瞬間がまたやってくる。もっといいものかもしれない。そう思うと、また次へ向けて乗り切れるかな。
「永遠なんて、ないけれど」
涙は、はっきりと感情が動いた時に出ると思っていた。まずは、悲しい時。どうしようもなく悔しい時、安心した時、そして、うれしい時にも。そのうちに、自分の情けなさを思ってもあふれてきた。
でも時を重ねてくると、感情は動くのにちゃんと涙が出なくなってきた。それを我慢することが多かったせいだろうか。まるで、涙のタンクがつっと枯れてしまったみたいだ。
それなのに、訳の分からないところでふと涙が滲むことがある。たとえば、人と普通に話していて、そうそうって分かり合えた時なんかに。どうやら自分でも気づかないような、心の引っ掛かりとも連動しているようなのだ。
「涙の理由」