「楽な方がいい、とは私は思わない。好きだからやる」
そう言ってきみは、お手製のレモネードシロップをグラスにたらした。氷と、炭酸水。マドラーでカラカラとまぜる。庭先で摘んだ名前の覚えられないハーブも乗せて。
窓辺のデスクには、ずらりと手帳にノート、ペン立てが3つ、シール収納に、ブック型ケース。
君がゆるやかな足取りで持ってきたのは、甘い香りを立てて焼き上がったオートミールクッキー。
「時短にもなるし、味や質だって遜色ないでしょ?」
「それはそれ、これはこれ」
「自分でやる意味なくない?」
手間隙掛けて、なんて昔みたいなやり方の何が良いのか全然わからない。無駄じゃん。
「別に意味なんてどうでも良くない?自分が笑えるほうを選ぶよ」
〉意味がないこと
明度を落とした部屋の片隅で、あかりを灯して机に向かう。
好きなものを集めたデスクの上に、広げたノートとお気に入りのペン。
部屋全体を灯すのが悪いとか、何か都合が悪いとか、そういったことは何もないのだけれど、片隅でひっそり静かに、じっくりと。好きなものに囲まれたこの場所を灯して、暗がりの中でさもここが特別かのようにして過ごす。ここで好きなことをする。お気に入りのお茶と、だいすきな夜時間。思考も深まる、幸せで満ち足りるひととき。
〉暗がりの中で
部屋の扉を開けると
いつもの匂い。
香水と、タバコの煙の混ざったそれを
あなたは好きだと笑った。
私も、あの頃はそれが好きだった。
〉香水
不条理に、ふっと息を吐いて
きみの手を、つかんで飛んだ。
〉不条理
好きなものは積もる。無意識に引き寄せ、絡め取り、少しずつ自分の中に蓄積されていく。顕在意識下で行うよりもずっと効率が良くて、繋がりやすい。
苦手なものは避けられる。誰しも好まないものに率先して近付くことはない。それは明確な意識のもとで行われる。
たとえば、自分が不得手だと思っていたこと。自分には出来ない、他者に劣ると思い込んでいたこと。それを実は無意識に自分が愛していたとしたら、どうだろう。
距離を取っていた、恐れていたもの。だけど目を惹いてやまないもの。意識的に避けていた。それでも、人の中では無意識が強いものらしい。
人生の中では思いがけず、何もないと思っていた0の輪の中に、無数のギフトが眠っていることがある。
向き不向き、得手不得手、効率や合理性。世の中には色んな基準や言葉があるけど、結局のところ愛に勝てるものは見つからない。
〉0からの